Asagi's Art News





心を語る手 ~ 絵のなかのふたり2005年09月03日 22時44分20秒

やっぱり見たいと思うことがあり、終了間近の展覧会に駆け込むときがあります。この「絵のなかのふたり」という展覧会もそうでした。内容的には、美術館所蔵の絵画が中心ということで、出かけるつもりは、ありませんでした。でも、この「ふたり」というフレーズが、だんだん気になってきたのです。

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シャガール、ピカソ、ローランサンらが、異なるテーマで「ふたり」を描いています。恋人、母と子、画家とモデル・・、それぞれの場面で微妙な感情が交差ています。話題になるような作品は、無いのですが、さまざま感情が繋ぎあわされ、ひとつの作品のようになった展覧会だと思いました。

あさぎは、いつもひとりで行動することが多いので、「ふたり」を意識することは、あまりありません。しかし、この絵画たちから忘れていた何かを思い出すような、そんな気がしました。そこにいる誰かに自分のことを理解してほしい、それが愛情であれ、信頼であれ、憎しみであれ、そのことは人間の本質のひとつなんだと思いました。

それから、絵画の中に描かれている手の表情が相手に対する気持ちを表すのに、とても重要であるように思いました。恋人同士がが重ねるお互いの手、子供を包む母の手、何気なく相手に触れる指先、怒りに震える拳など、手のしぐさだけで「ふたり」の関係がはっきりと判ります。本当に画家とは、鋭い観察力があるものだと、改めて感心しました。

※ブリヂストン美術館

オキーフの花 ~ ホイットニー美術館コレクションに見るアメリカの素顔2005年09月04日 13時48分38秒

残暑が厳しく、真夏のようですが、風がさわやかに吹き、空も青く澄んできたのを見ると秋という季節がやって来たのを感じることが出来ます。そんな中、2年ぶりとなるオキーフの絵を見るために府中に向かいました。

府中美術館

アメリカの近代絵画を紹介するこの展覧会では、オキーフの他にも、ホッパー、リヒテンシュタイン、へリングなどの作品にも会うことが出来きます。アメリカは、ヨーロッパに比べれば歴史が浅いためなのか、伝統的とも思える重厚な輝きがない反面、陽気でなによりも明るい作品が多いと思います。作品も大きく迫力があります。

さて、オキーフですが、あさぎがボタニカルアートの教室の通っていた頃に画集を見つけて、画面いっぱいの花に、こんな描き方があるだなと思っているうちに大好きになってしまいした。でも、本物はまだ2~3作品しか見たことがありません。彼女の花の作品に対して批評する人の中には、女性自身を象徴しているとかいう人もいるそうですが、彼女が語った話によると綺麗な花を画面いっぱいに大きく描きたかっただけだったそうです。あさぎには、美しい花を誰よりも愛しているといった純粋さのような感じが伝わってきますが、そう思わない人もやっぱりいるんでしょう。

今回、会うことの出来たのは、「白いキャラコの花」という作品でした。はじめは、なんで葉まで白で塗られているのかと思って見ていたのですが、実はキャラコの花とは、綿布で出来た造花だったようです。この花は、告別の時などに使用されるようで、この作品は、死という隠れた意味を持っているとのことでした。少し怖くなったのですが、清楚で吸い込まれるような美しさには、怖さなどどこかにいってしまう魅力的な作品に釘付けでした。

白いキャラコの花
ジョージア・オキーフ「白いキャラコの花」

※府中美術館

雑学から感性へ ~ 名画謎解きミステリー2005年09月09日 00時02分13秒

KAWADA夢文庫から出版されている「名画謎解きミステリー」という本を通勤の合い間に眺めています。いわゆるコンビニ本で、雑学満載の手軽な読み物です。あさぎも、いつも行くコンビニで見つけて買いました。

名画謎解き

6つのキーワードごとに15話程度の短い話から構成されています。「隠された真実」「絵の中の小道具」「男と女」「スキャンダル」「天才のテクニック」「巨匠のドラマ」といった感じです。知っている話あり、知らない話あり、時代もまちまちで、同じ画家の話も別のところに出てきて面白いです。

いろいろ調べてあり、巻末には参考文献も書いてあるので、それをたどれば、深くのめり込むことが出来そうな気がします。ただ、残念なのは、挿絵がまんがなんです。なんだか笑ってしまいます。

このような本で、多くの人が絵画に対して興味をもってもらえると嬉しいです。特に若い人が、はまってどんどん美術館に来てほしいです。生まれ持った感性は、年を重ねごとに少なくなっていきます。だから、若いうちにたくさん感動してほしい、そうすれば、新しい感性が作られていき充実した人生が過ごせるような気がします。

美の洪水、あるいは雪崩 ~ 二科展2005年09月10日 20時29分00秒

国内最大級の公募展である第90回二科展の展覧会が、東京都美術館と上野の森美術館で行われていたので出かけてきました。絵画はもとよりデザイン、写真、彫刻とさまざまテーマと技法によりプロアマ合わせて、なんと2800点もの作品が一堂に集結しているとのことです。

二科展

展示会場が2つもあることも凄いのですが、その展示も隙間なく作品が飾られ、まさに美の洪水、あるいは雪崩のごとくといった勢いです。入選された方々も訪れているようで、作品の前で記念写真を撮る光景に出くわすこともしばしばです。

いつもは、じっくり作品を見入るあさぎですが、さすがに難しいというか、余裕ができません。好みの作品のカタログで探すような感じで見るという荒っぽいことになってしまいます。申し訳ないのですが・・。それにしても、女性の作品を多く目にしました。もしかしたら、日本の美の底辺は、女性が支えているのではないでしょうか。

さすがにプロの方の作品は、足が止まるものがいくつかありました。この作品と思ったのは、「カーナルク寒村」というものでした。もの静かな風景画なのですが、あさぎが好きな小説(村上春樹の「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」)に出てきそうな村という感じがして気に入りました。小説に出てくる村は、壁に囲まれ、自分の影を無くした人が暮らす不思議な世界、そういう世界がそこにありました。

作品
木村清敏「カーナルク寒村」

※二科展

聖母マリアと共に ~ プラート美術の至宝展2005年09月11日 21時23分49秒

損保ジャパン

衆議院選挙の日、投票を済ませてから新宿に向かいました。ルネッサンス前後の宗教画が中心の展覧会のようなので、どこまで描かれる意味がわかるだろうかと思ったのですが、各作品に大まかな解説が付いていたので助かりました。

イタリアのプラートには、聖母マリアが昇天したさいに聖トマスに与えられた聖帯(聖母マリアが見に付けていた帯のこと)伝説があるそうです。展示は、まずこの聖帯伝説を伝える15世紀の祭壇画からはじまります。テンペラ画が多いのですが、一点だけフレスコ画があり、なかなか間近で見ることができないものなので嬉しかったです。

聖帯伝説のメインは、展覧会の看板にもあるフィリッポ・リッピの「身につけた聖帯を使徒トマスに授ける聖母」でしょう。たいへん大きな作品で、教会に飾られたのであれば、その教会も大きく立派なものだったあろうと思います。カトリックということもあり、やはり受胎告知、聖母子などの作品が多いようです。聖母子を描いた作品の中には、トンド(円形)画というものがあり、キャンバスは四角であるという概念があったので円い形は新鮮でした。

カルボ
ラッファエッリーノ・デル・カルボ「聖母と幼い洗礼者ヨセフ」

16世紀のルネッサンス期になるとテンペラから油彩に変化し、あのメディチ家の影響が徐々に出てきて面白いです。お金持ちは、いつの時代もお金だけではなく名誉や権威が欲しいようです。展示の最後は、あさぎの好きなバロックでしたが、いまひとつかな?という気がしたのは、雨が降ってきたからでしょうか・・。

※損保ジャパン東郷青児美術館

百花繚乱 ~ 庭園植物記展2005年09月18日 19時53分41秒

庭園美術館は、アールデコ様式で建てられた旧朝香宮(あさかのみや)邸なので、庭園植物記展という企画においては、美術館も作品のひとつとであるといえます。秋風が吹き始めたこの日、目黒に向かいました。

庭園植物記展

美術館に入るとまず、華道家・中川幸夫の「花坊主」の異様な写真が向かえてくれます。カーネーションの花900本を使い、その花びらを独特の花瓶に詰め込みひっくり返した光景は、まさに赤く燃え立つ入道を思いおこさせます。伝統的ないけばなにないアバンギャルドな作品は、写真に収まっていても迫力があります。

中川の作品から展覧会は、かなり前衛的なものかと思ったのですが、次の部屋に入ると明治期の植物画の展示がさていました。芸術というよりは、科学的な視点が置かれている作品が多く、植物の姿が詳細に描かれいました。植物図鑑でなじみのある牧野富太郎の作品は、小学校の頃の理科の授業を思い出すようで、ノスタルジックな感じがしました。

展示は、絵画よりも写真の方が多いようで、2階の部屋に行くと写真家・土門拳や荒木経惟の作品があり、人物描写を得意とする彼らのイメージとは違った感じを受けました。特に荒木経惟の「花曲」というインスタレーションは、小部屋のすべての壁を使い新聞紙サイズにプリントアウトされた花のクローズアップ写真をいくつも貼り付けた作品で、まるで昆虫になったよう気さえ覚えます。たまたま学芸員と報道の人がいて、こっそり話を聞いていたのですが、荒木の花に対する思いとは、優艶な美というもので無く、咲いた花が枯れ、死に行くさまを意識して作成しているそうです。なんだか意外でした。

※東京都庭園美術館

田園風景の野獣 ~ ヴラマンクと織田廣喜2005年09月19日 22時56分55秒

鎌倉大谷記念美術館

住宅街の中に現われるこの美術館は、鎌倉の邸宅をそのまま利用しているようです。持ち主だったのは、ホテルニューオータニの会長でニューオータニ美術館の館長でもあった故大谷米一氏だそうで、やはりセンスがいいですね。

「フォーヴィスム」と「ヴラマンク」、よく聞きますが、まだ意識して見たことは、ありませんでした。フォーヴィスムとは、原色を用いた強烈な色彩と、激しいタッチから「野獣の檻(フォーヴ)の中にいるよう」と評され、同時代のキュビズムと対極をなすものらしいです。

たしかにヴラマンクの作品を見ると、風景画の中に何やら激しい息遣いを感じることができます。彼の作品でもっともそれを感じたのが、空の様子でした。描かれているのは、よくある田園風景なのですが、そこに漂う雲の流れがまるで嵐の前触れのようにも思えて、ぞくぞくするような感じがしてきます。

ヴラマンク
モーリス・ド・ヴラマンク「ポプラ並木」

作品の数は、20点にも満たないのですが、なんとなくフォーヴィスムの特徴をつかむことができたような気がする展示内容で良かったと思います。今回は、閉館ぎりぎりに訪れることになってしまい、もう少し見ていたと思いながら美術館を後にすることになり残念な気がしています。また、訪れたいと思う美術館でもありました。

※鎌倉大谷記念美術館

パリに魅せられた人生 ~ 佐伯祐三展2005年09月23日 23時36分40秒

佐伯祐三

佐伯祐三は、ヴラマンクに自ら描いた裸婦を見せたさいアカデミックと批評をされたことに刺激され、その画風をフォービズム的に変化させたといいます。パリをこよなく愛して多くの作品を残していますが、彼の画家人生は、30才という若さで終わってしまします。彼の作品をまとまって見るのは、今回が初めてなので、どのような人生だったのかと興味津々で練馬まで足を延ばしました。

この展示会では、佐伯が東京美術学校を出た直後、最初のパリ渡航期、一時帰国時、さらに2度目のパリ渡航期の作品を4つパートに区切り展示が行われています。面白いことに彼は、その環境の変化や心の移り変わりが作品に出やすいようで、時代順に展示すると、それが効果的に判るような気がします。

初期の作品は、自画像と裸婦なのですが、ヴラマンクの言葉のように教科書通りの整った作品です。ですから、その作品(特に自画像)からは、どことなくナルシスト的な感じがするように思われます。それがパリ渡航により大きく変化し、以降の作品の基礎を成したようです。パリの街並みは、建物の高さを強調するかのように縦方向に伸びていて、看板や張り紙に書かれた文字は、画家の感動が伝わるかのように勢いがあります。

壁
佐伯祐三「壁」

ところが、日本に帰国したときに描かれた作品を見ると、描きたい風景画を見失ったように淋しいものになります。気になったのは空の色で、パリでは、グレーを使いながらっも生き生きとした感じがするのですが、日本の空では青を使い美しいのですが、何か足りない気がします。それが嘘のようにパリに戻るとまた作品が、生き返って来るのですから面白です。最後は、病気と戦いながらの作品で、単純化、省略が行われるようになり、これが命を削りながら描くことなのだと思うと少し辛い気持ちになりました。

※練馬区立美術館

日本近代絵画の父に会いに ~ 黒田記念館2005年09月24日 22時04分47秒

公開日が木曜と土曜の午後だけという美術館にようやく出かけることができました。そこには「湖畔」をはじめとする黒田清輝の作品があり、しかも、無料で公開されています。建物自体も東京都の文化財のようで、いつも中に入ってみたいと思って、その前を通り過ぎていました。

黒田記念館

展示室は、2階にありました。順路に従って右側の展示室に向かうと、いきなり「湖畔」が正面に迎えてくれます。テレビの「美の巨人たち」で日本のもっとも美しい女性の肖像画に選ばれた作品です。淡い色使いの中で湖畔に腰掛けている女性は、とても色っぽくて見惚れてしまいます。

この部屋には、黒田がレンブラントを意識して描いたという「祈祷」や印象派の技法を使った「赤髪の少女」も展示されていました。彼の作品には、ヨーロッパの絵画にも負けない凄みがあり、日本近代絵画の父と称されることがよく判ります。そして、この部屋には、あさぎが以前から気になっていた「智・感・情」の裸婦像がありました。

この「智・感・情」は、「湖畔」と共に1900年のパリ万博に出展され、好評を受けた作品だそうです。作品は、右が「智」、真ん中が「感」、左が「情」となっていて、女性は似ていますが、モデルは一人ではなく姉妹だそうです。女性像は、等身大よりやや大きい感じがしますが、その表情とポーズが気になります。新聞社へのインタビューでは、智は、Ideal(理想)、感は、Impression(感動)、情は、Real(現実)と答えているそうですが、哲学的な世界が展開して深く惹きつけられます。

智・感・情
黒田清輝「智・感・情」

※黒田記念館
※美の巨人たち

本当の幸せとは何だろう ~ マーカス・フィスター絵本原画展2005年09月25日 11時43分23秒

デパートや百貨店で行われる展示会は、目立たずこっそりやっている印象があるのですが、今回も会場にたどり着くまでの間、そんな感じがしました。本来売るものがたくさんあるわけですから、絵を見せることをあえて強調することもないのでしょう。それでも人気のある作家の作品を数多く集めてくるのですから意外にあなどれません。

マーカス・フィスターは、世界で1300万部を売り上げるほどの人気絵本作家だそうです。そういえば、そのカラフルなさかなの絵本をよく見かけますね。この絵本が彼のデビュー作だそうで、今回の展示では、この「にじいろのさかな」の他に「ペンギンピート」「うさぎのポッパー」「ミロのまほうのいし」といった絵本の原画が140点も見ることができます。

透明水彩を使った水彩画でB4サイズ程度の小さな作品でした。紙がぬれているうちに絵の具を置くことで独特のにじみを作り出すのだといいます。このにじみによってエッジがぼけることでソフト感と水墨画のような深みが出ているような感じがします。また、「にじいろのさかな」では、キラキラ輝くうろこになんとホログラムを使っています。絵本にする時は、特殊な印刷方式をするそうですが、奇抜なアイディアです。

にじいろのさかな
マーカス・フィスター「にじいろのさかな」

絵本は、絵だけでなく物語も重要ですが、彼の作品では「本当の幸せとは何だろう」と問いかけてきます。綺麗なうろこを持ったにじいろのさかなは、他のさかな達から煙たがられ、悩んだ末に、その綺麗なうろこを他のさかなに与えていくことで仲間ができるようになり、本当の幸せに目覚めて行きます。子供が対象と思われる絵本ですが、よく考えるといまの大人にもあてはまる事柄で、考えさせられるところがあるような気がしました。

※大丸ミュージアム・東京