Asagi's Art News





さぁ、思いだして ~ ミッフィー展2006年10月01日 23時51分42秒

うさぎのミッフィー、彼女の周りで起きるちょっとした出来ごとは、心和むそんな世界に誘ってくれます。良く見ると彼女はいたって無表情ですが、その喜怒哀楽が不思議と伝わって来ます。余計なものをなくし、たった6色のブルーナカラーだけなのですが・・。この単純さが、見るものの想像力をかきたてるのだと思います。

ミッフィー展

絵本を子供に与えるのは、穏やかで優しい世界を知ってほしいとの願いからでしょう。子供を連れた人たちが、たくさん訪れています。しかし、絵本は、本当に子供のためにだけあるのでしょうか? 少し別の角度でのぞいて見ると、厳しい現実を生きる多くの大人へ・・そして社会に向けられたテーマや背景が見えてきます。

ミッフィーが生まれてから半世紀も歳月が過ぎたと言います。そもそも、彼女はディック・ブルーナが彼の息子のために作ったお話がきっかけだったようです。また、初版のものは、ミッフィーの顔と絵本のスタイルがいまとは少し違っていました。

変わらないスタイルを確立するまでには、いろいろと試行錯誤があったのでしょう。しかし、ブルーナの子供に対する想いは変わらないようです。彼は、絵本を通して子供たちにいろいろな想像をしてほしいと願っています。

あさぎもミッフィーは、大好きです。もちろん、絵本も好きで持っていますが、彼女が描かれたさまざまなものもたくさんあります。いまも近くに筆入れや目覚まし時計に張られたシールと彼女がたくさんいます。この夏には、ローソンでお弁当のシールを集めて彼女のお皿をもらいました。

彼女を見るたびに子供の頃に思い描いたことを思い出す。そんなことができるといいと思います。彼女はいろいろなところにいて、なにも言いませんが「さぁ、思い出して・・」と言いたげにいつもこちらを見つめています。

※そごう美術館

絵画の妖気 ~ ウィーン美術アカデミー名品展2006年10月03日 00時38分12秒

この秋も新宿で古典絵画に、出会うことができました。しかし、何百年も生き続けている古典絵画たちは、独特のオーラで見るものエネルギーを吸い取って行く強い力を持っているような気がします。ルネッサンスから写実主義の時代までウィーン美術アカデミー付属絵画館に所蔵されている作品が出迎えてくれます。

展示は、オーソドックスな歴史順で、同じ作者の作品がまとまって見られます。どの作品も重みがあり修復、保存状態がすばらしいものばかりです。やはりはじめに目を引くのは、ルーベンスの「三美神」です。ルーベンスの時代の官能的な美がそこにあります。

いまのスーパーモデルとは、正反対の体系ですが、優雅さと豊かさに満ち溢れ怪しいエロスを感じます。スーパーモデルも美しいですが、どちらかと言えばこの時代の女性の方がセクシーだと、あさぎは思います。

肖像画、静物画、風景画とさまざま作品が紹介されていきます。そして、誰もが必ず足を止める作品がレンブラントの肖像画です。背景の黒、衣装の黒・・・本物を見なければけして判らない微妙な光の表現は、生気を吸い取られるような怪しさを漂わしています。自画像とは、違った職人としての天才ぶりが見てとれる作品です。

ウィーン美術アカデミー名品展
レンブラント・ハルメンス・ファン・レイン「若い女性の肖像、1632」

あさぎは、ここまで来て少し息切れをして、椅子で休憩となりました。気をつけてはいましたが、数百年に渡って生き残ってきた絵画の放す妖気をまともに感じてしまいました。古い絵画は、描かれてからさまざまな人々の歓喜、悲哀、欲望、陰謀、憎悪などを吸収しています。油断をせずに相対することが必要ですが、まだまだ未熟者ですから彼らの力にはかないません。

※損保ジャパン東郷青児美術館

夕やみ迫る ~ 不忍池2006年10月09日 23時54分06秒

先週の秋雨が嘘のような良い天気です。上野で夕方を向かえました。涼しい風が不忍池から吹いていました。不忍弁天堂もライトアップしていました。もみの木のような建物は、ソフィテル東京というホテルで、建築家の菊竹清訓(メタボリズムという都市・建築理論の提唱者)の作品です。

あさぎのデジカメは、それほど高性能ではないので、なんだかぼやけて写っています。でも、それが返って味があるなと、あさぎは思っています。上野は、美術館だけでなく、いろいろところにアートがあります。とっても好きな街のひとつです。

不忍池

写真の写真 ~ 恵比寿ガーデンプレイス2006年10月18日 01時12分14秒

テレビ(美の巨人)で知った写真です。 ロベール・ドアノーの「市役所前のキス」・・とっても素敵な写真です。もう50年以上前に取られた愛を感じる写真です。でも、キスをしているのは役者さんだそうですが、本当の恋人のよう。

恵比寿の写真美術館の前には、巨匠の写真が壁に大きく展示されています。この写真もそのひとつです。だから、これは写真の写真・・。それにしても、こんなカッコいいキスができたらと憧れてしまいます。

恵比寿ガーデンプレイス

瞬間と未来の化石 ~ HASHI(橋本奉臣)展2006年10月19日 00時43分40秒

ありふれたこと、どこでも起こっていることですが、見ることは出来ません。水に落ちる石の軌跡、壊れるグラスと飛び散る破片、宙を舞う液体の表情・・どれも一瞬のできごとです。写真家の橋本奉臣は、「一瞬の永遠」と呼んでいます。

HASHI

このような一瞬を捕らえるには、高速撮影の出来るカメラが必要になります。高速撮影と言うと、あさぎは、科学の実験を思い出します。しかし、今日の写真は科学ではありません。

アートなのですから撮影前には、大なり小なりイメージや計算があると思うのですが、見ることのない世界に対しては、いったいどうするのでしょうか? 液体の動きなど予測不可能な感じがするのですが、彼の作品はいとも簡単に、そうなることを予想していたように美しく撮影しています。きっと、それが彼のすごいところなのでしょう。

見たことのない世界は、多くの好奇心をかりたててくれます。その演出のひとつだと思うのですが、作品がかなり大きいのです。新聞紙2枚分ぐらいの大きさは、写真の展覧会ではなかなか無いように思います。ほんの一瞬の迫力がせまってくる感じです。

このような感じが前半の展示なのですが、後半の展示は一転してモノトーンで普通の大きさの作品に変わります。「未来の原風景」というシリーズで、少しノスタルジックな風景が撮影されています。写真の処理方法にも工夫があって、まるで化石のようにも見えます。

音が消えてしまったような、とても静かな世界です。未来を意識していることは、人類が滅びてしまった後の世界をイメージしているのでしょう。そう考えると少しさみしい感じもします。確かにいまの世界にも、終りは来るのですが・・。

※東京都写真美術館

理解できないけど ~ ダリ回顧展2006年10月20日 00時34分46秒

ダリ本人でも自分の絵を理解できないと、言っているほど難解な世界です。しかし、その世界は、多くの人を引きつけます。閉館時間に2時間もないというのに30分待ちとは驚きでした。しかし、まとまって彼の絵を見るのは、数年ぶりになります。前回は、確か新宿の三越美術館でした。いま、その美術館はありませんが・・・。

今回の展示は、ダリが絵を描きはじめた頃のものから、順番に紹介して行くものです。作品の大半は、彼の全盛時のものになりますが、初期の作品を見ることができたのはラッキーです。当然のことですが、最初からシュルレアリズムの絵を描いていたわけではありません。しかし、習作のなかには、その片りんが隠れているような感じの作品もありました。

ダリ回顧展


会場は、どこも押しくら饅頭のような熱気があり、集中して見入ることは難しい状態でした。シュルレアリズムの作品は、落ち着いて集中して見ることで「あれ!」という発見があるのが楽しみなのですが・・。

ということで、その発見はまた今度にして、色彩や全体の構図を良く見ることにしました。すると、なかなか優しい感じの色合いと、それほど奇抜な構図ではないことに気がつきました。そして、どちらがオリジナルとは言えなのと思いますが、キリコやマグリットの画風に似た作品もあったりします。

同じ時代で、同じ考え方の画家たちは、互いに影響し合い良いところを吸収していることが判ります。ポスターになっている「記憶の固執の崩壊」は、以外に小さな作品で、この展覧会のメインとして別扱いの展示をしていました。

記憶の固執の崩壊
サルバドール・ダリ「記憶の固執の崩壊、1952」

オリジナルは、その色彩が活き活きとして美しく、印刷物のようにコントラストも強くなくすっきりしています。はっきりとした奥行きに、時計、魚などの配置が絶妙です。オリジナルでしか感じられない何かが、そこにあります。ダリが何を語ろうとしたかは、正直なところわかりません。ただ、その作品たちは、不思議に心を引きつける・・それは、とても大事なことです。

※ダリ回顧展