Asagi's Art News





母と娘 ~ ベルト・モリゾ展2007年10月10日 23時52分22秒

印象派の画家としては、あまりなじみのなかったベルト・モリゾですが、最近になっていろいろと話題になってきました。そんな彼女の展覧会が新宿で始まったので出かけることにしました。

彼女の絵を最初に意識して見たのは、オルセー美術館展(東京都美術館)での「ゆりかご」だったと思います。繊細で優しい感じのする作品だったと思います。しかし、彼女の名前を覚えたのは、残念なことに彼女の作品ではなく、モネの描いた彼女の肖像画でしたが・・・

ベルト・モリゾ

最初の部屋に彼女の師匠であるカミーユ・コローを彷彿させる肖像画がありました。繊細なタッチで印象派というよりは、写実的な感じのする作品ですがモデルの品の良さを感じさせる興味深いものです。

当時も先進国のヨーロッパですが、女性に対する偏見はやはりあったと思います。経済的な力があるにせよ、彼女が画家として生きていくには苦労があったと思います。作品にもその苦労が見え隠れしていて、肖像画のモデルは身内、特に自分の娘が中心になります。

もともと、モデルの持つ気質を感じとる力が優れている彼女。娘ジュリーの誕生から成長過程における娘の心の変化を、忠実に描いているように思います。加えて、印象派の技法も身につけることで光の表現に幅が出てきて画面が広がっていきます。

娘の誕生は、幸せを手にいれ愛情を惜しみなく娘に与えます。娘も愛を感じ応えているようです。やがて、きれいなドレスを娘に身につけさせ、たたずむ先にはキャンバスに向かう母がいる。そんな関係が何年も続きます。

しかし、成長するジュリーからは、なぜかさみしげな感じを受けました。家の中の限られた場所・・・ひとりぽっちといった感じです。娘は母親の画家としての立場や自分の将来などをいろいろと考えていたのかもしれません。

ベルト・モリゾ
ベルト・モリゾ「夢見るジュリー、1894」

最後の作品である「夢見るジュリー」では、全身から気だるさが漂い、ある部分で母親の生きかたを否定しているようにも思えます。モリゾは、いつの頃からか娘をモデルとしてしか見ることができなくなってしまったのでしょうか・・・そうは思いたくないですが、母と娘の関係も複雑なのでしょう。

※損保ジャパン東郷青児美術館

水と遊ぶ ~ 佐藤卓ディレクション「water」2007年10月13日 23時40分33秒

六本木の気になるアートスポット、21_21 DESIGN SIGHTに行きました。ミッドタウンが出来たときには、気がつかなかったのですが、雑誌やテレビに紹介されていて早く行きたかった・・・でも、何をやっているんだろうと思っていました。

この秋ついに新美術館にフェルメールがやって来て、ついでと言うのは申し訳ないですが、お楽しみの前にちょっと寄ってみました。下調べなしのいきなりの訪問でしたが、これまた気になるデザイナー佐藤卓の関わる展覧会が始まったばかりでした。

water

「water」と言う水をテーマにしたデザインやインスタレーションから構成される展覧会で、傘を逆さに持つ人のポスターが「これはおもしろそう・・・」という感じをかもし出していました。さっそく中に入ることにしました。

展示スペースは、地下です。なだらかな階段がワクワク感を誘います。壁ぞいに水の入ったガラス管の中にいろいろ言葉が書いてありました。水に関する想いや皮肉のような言葉は、学校の理科室にあったホルマリンの入った標本のように微妙な感じがします。

地下に着くといたるところに作品が展示してあります。光や音を組み合わせ波を表現するようなインスタレーション。食料サンプルを見て自販機のようなボタンを押すと使用する水の量が書かれた紙が出てくる作品、竹で出来たヘッドホーンに耳を当てて音を聞く作品、大きなコーヒーカップの中を覗くと水に関する映像が見られる作品などいろいろあります。

その中でも、原研哉の「鹿威し(ししおどし)2007」はおもしろいです。2mぐらいの板に所々突起を付けて、その上に撥水性の白い塗料が塗ってあります。板にゆるい傾斜があり、高い方からほんの少し水を流します。水は突起に当たって水滴に別れ坂を下って行くしくみです。

輝きながら坂を下る水滴は、まるで生き物のようです。日本庭園にある鹿威しを新しい解釈で表現するとのことらしいのですが、やはり見ていて飽きないのと水が溜まるまで間が、日本人の心をくすぐります。新しいアートの街、六本木らしさがあるように思います。

※21_21 DESIGN SIGHT

フェルメール・ブルー ~ フェルメール「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展2007年10月24日 21時50分45秒

この秋も期待の作品がやって来ました。誰もが知っている作品、新美術館の意気込みを示す絶好の機会と言えます。東京には、2005年以来のフェルメールです。いろいろと盛り上がっているようです。

フェルメールとオランダ風俗画展

入り口は、いつものようにさり気なく中の様子を隠すように壁を作っています。さて、どの辺りにフェルメールを持ってくるのでしょうか楽しみです。待ちに待ったフェルメール・ブルーに会うことが出来ます。

まず、はじめにフェルメールと同時代の作品がならびます。大きな作品は少なく、豊かだったオランダの人たちが好んだ風俗は、とても良い状態のものばかりです。その中には、フェルメールの師匠と言われているヘラルト・テル・ボルフの「農民の衣装を身に着けた女」もありました。

貴族の肖像画と違い圧倒的な威圧感がないのが良いです。日本で言えば江戸時代のイキになるのでしょうか、家族の集まる部屋に飾ったらすてきな感じがします。そして、だんだんとフェルメールに近づいて行くと、液晶モニターが2つあり、なにやら解説をしています。

展覧会の中盤で音の出る動画を持ってくるのはあまり感心しませんが、いよいよと言う雰囲気を演出したのだと思います。モニターのある壁を回り込んだところに、どうやらフェルメールはあるようです。

1枚だけの展示でした・・・まず感動という前になんか遠いところにあるなと思いました。ダ・ヴィンチの展示と同じように前後2列で観覧ルートができていました。前列に行ってみましたが、やはり遠くフェルメールの繊細さがあまり感じられません。

牛乳を注ぐ女
ヨハネス・フェルメール「牛乳を注ぐ女、1658」

これはたいへん困った事態で、しかも歩きながら鑑賞するようにと指示をされていることで、彼の世界に入り込めません。美術館にもいろいろな事情があるのかもしれませんが、ちょっとがっかりです。

鮮やかな青、ミルクの雫、パンの細かさまで感動が届かずです。ガラスケースに入れても良いからもう少し近づかせてほしかったと思います。アムステルダム国立美術館で目の前で見せてくれている写真が羨ましかったです。

後半は、近代までの作品を集めていてなかなか良い作品もありましたが、さて、どうしたものかという感じでポストカードを買って帰途につくことになりました。これは、別の意味でのフェルメール・ブルーでした・・・

※フェルメール「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展

賢治の手帳 ~ 絵で読む宮沢賢治展2007年10月28日 22時43分34秒

宮沢賢治の手帳は、期間限定の公開ということで平塚まで行って来ました。高速で移動した台風のおかげで、すがすがしい秋晴れになりました。映像では何度か見かけていますが、本物はどんなものかとても気になります。

宮沢賢治展

美術館の企画展ですが、やはり童話作家であることから賢治の作品は、童話の原稿がメインになっています。来場している人も賢治ファンと思われる人が多く、貴重な原稿を見ては、しきりにメモをする姿がありました。

原稿にある賢治の筆跡は、意外に可愛い感じのするものですが、作家の原稿なのでところどころ校正あとがあって、なかなか興味深いものです。複製品もあるのですが、原稿のサイズはA4ぐらいの原稿用紙で、かなりコンパクトという感じがしました。

そして、あの手帳がありました。アクリルケースの中に11月3日の「雨にもまけず・・」の文字が綴られています。病床ということもあるのでしょう、筆跡からは、かなり辛そうな感じを受けます。

片手に収まるぐらいの小さな手帳です。大切に保管されているためか、とてもきれいな状態で賢治の生きる希望が刻まれいます。絵画とは違うのですが、ひとつひとつの文字とその配置は、詩人の持つ美的感覚があらわれているように思いました。

今回はこの手帳の他に賢治の描いた絵が、数点展示されていました。どこの山かは判りませんがそびえ立つ山、シュルレアリズムのような人物の水彩画は、独特の色彩と遊びがあるように思えました。

原稿用紙の裏に描いたのでしょうか・・・線だけで描かれたふくろうが可愛いです。こんな絵を学校の授業でも使っていたのかなと思いました。とても楽しい先生だったことが、伝わってきます。

ミミズクの絵
宮沢賢治「無題(ミミズクの絵)、大正~昭和初期」

展覧会の後半は、賢治の世界を絵画として表現した画家達の作品が展示され、さまざまな個性が賢治ワールドを作りあげていると感じることができます。水彩もあればパステルもある・・・どの作品も魅惑の扉を開く小さな鍵なのかもしれません。

※平塚市美術館