Asagi's Art News





フランスとドイツ ~ 語りかける風景2010年07月04日 23時17分23秒

ポスターには、アルフレッド・シスレーの『家のある風景』があります。世界の印象派の絵画が日本に集まってきていて、この渋谷でも風景をテーマとした展覧会が企画されていました。フランス・アルザス地方にあるストラスブール美術館からやって来た選りすぐりの風景とのことです。

語りかける風景

少し前の時代まで、絵画は世界の窓として見るものに新しい発見と想像を与えてくれていました。描かれた街や見知らぬ風景は、旅心を誘い、そこに暮らす人々との出会いを期待させます。それは、展覧会のテーマである、まさに語りかける風景です。

この展覧会では、写実主義から印象主義に変化する時期の作品が中心に集められ、6つのパートに分割して紹介されています。窓からの風景、人物のいる風景、都市の風景、水辺の風景、田園の風景、そして、木のある風景です。

ストラスブールは、フランスとドイツの文化が混じり合う文化都市だそうです。だから、最先端を行くのフランス的な要素とドイツ的なアカデミックな感じを受けたように思います。また、意図的な構成なのか、それともドイツ印象だからなのか、印象派と言っても少し控えめな感じのする作品が多かったように思います。

印象に残った作品ですが、ロタール・フォン・ゼーバッハ『雨の通り』が良かったです。雨の降る街角を自然に描いている感じがします。日本でも梅雨の真っ最中であり、もちろん、ヨーロッパの雨と日本の雨はぜんぜん違いますが、雰囲気は似ているのではと思ってしまいます。

語りかける風景
ロタール・フォン・ゼーバッハ「雨の通り、1895」

ロタール・フォン・ゼーバッハ(1853年~1930年)は、フランス人ですがドイツ的な文化が気に入ってか、ストラスブールに定住しています。作品は、ドイツ印象派と言われていて、『雨の風景』のようにアカデミックな要素を含んでいるようです。

知らなかった画家に出会えるは、本当に楽しいものです。展覧会は、全体的に見ると可もなく不可もなくという内容ですが、行けば必ず何か新しい発見があるので、やはり見逃すわけにはいきません…

※Bunkamura(2010年5月18日~2010年7月11日)

女帝 ~ カポディモンテ美術館展2010年07月07日 23時11分16秒

ナポリにあるカポディモンテ美術館から歴史ある古典絵画が上野にやって来ました。解説によるとカポディモンテとは「山の上」を意味していて、美術館は文字通りナポリの丘の上に建てられているとのことです。ナポリでは国立考古学博物館と共にイタリアを代表する国立の文化施設になっています。

ブルボン家のカルロ7世(1734年~1759年)の宮殿がベースとなったカポディモンテ美術館には、当初、ブルボン家およびカルロ7世の母であるエリザベッタ・ファルネーゼから受け継いだファルネーゼ家の収集品(特に絵画)がコレクションされたそうです。現在は、ルネッサンスからバロック、そして、19世紀に至るまでの多くの作品を所有しています。

カポディモンテ美術館展

今回の作品数は、いつもの展覧会より少ない80点で西洋美術館でも2つの展示室のみ展示となっていました。テーマは、イタリアのルネッサンス・バロック美術、素描、ナポリのバロック美術の3つです。とても修復が行き届いていて、400年の歴史があることを感じさせない美しさです。

ティツィアーノ、エル・グレコと偉大な画家の作品が続きますが、やはりいちばん気になる作品はパルミジャニーノ(1503年~1540年)の妖しい女性の肖像画になります。パルミジャニーノは、ローマを中心に活躍したと言われています。ルネッサンスの3巨頭から影響を受け、特にラファエロから多くを学び取ったようです。

カポディモンテ美術館展
パルミジャニーノ 「貴婦人の肖像(アンテア)、1535」

『貴婦人の肖像(アンテア)』の女性は、貴族の婦人とも娼婦とも言われています。一説ではパルミジャニーノの愛人ともありますが、彼は同性愛主義者との噂もありますので、何とも言えないところがあります。

とにかくこの作品は、彼女の見つめる瞳が怖いです。視線は、やや高めにあるため、作品から少し離れないと眼が合いません。薄暗い緑の背景が肌の白さを引き立ていて、妖艶とう言葉がぴったりかもしれません。ただ正面を向いているのではなく、右肩がやや手前に出ていることから微妙なひねりがあります。

右手側に上着、マフラー、手袋を着けて重厚さを持たせているのですが、中心から左手側にかけては素手が見え、さらに胸元(乳房の一部)が少し見えています。この大胆さと鋭い眼光からプロの女性と思ってしまうのでしょうか…

しかし、じっくりこの作品を見ていると、この女性の教養の高さ、品格の高さが感じてきます。経済的にだけではなく、政治的にも力があるように思えます。対抗する勢力に対して啓示を与えているのかもしれません。このように女帝のような睨みを利かされたら、一族の結束は堅くなることでしょう。

※国立西洋美術館(2010年6月26日~2010年9月26日)

アートシティ ~ 京橋界隈20102010年07月11日 12時38分35秒

ギャラリーは個性的でさまざまアートの情報発信をしているのですが、売買の要素が加わることで少し敷居の高いイメージが一般的です。特に京橋など老舗も多い地区のギャラリーは、特別な個展でもない限りなかなか立ち寄ること難しいと思います。

『京橋界隈』というイベントは、その敷居の高さをギャラリーがぐっと下げてくれます。街の中に『京橋界隈』のシンボルが入った旗が掛かっていることで、いろいろ不安を取り除いてくれます。また、協賛しているギャラリーも多く(18ギャラリー)もあり、かならず興味を引く展覧会があるはずです。

ギャラリーもイベントに合わせ、おもしろい企画や紹介したい作家・作品を展示するように準備をしてきたと思います。もちろん、新しい顧客層の開拓やギャラリー間での競争という意味もあり、とても成功しているイベントであるように思います。

それでは、個性的なギャラリーの中から、気になったところをいくつかピックアップしてみたいと思います。まずは、京橋駅からすぐの同じビル内の地下1階と地下2階にある2つのギャラリーです。同じビルということで、互いに企画がかぶらないことを意識しているように思いました。

京橋界隈

「ギャラリー東京ユマニテ」では、『岡田ムツミ展』という色彩でみせる抽象画の展示をしていました。ドイツで活躍しているそうでしたが、日本の季節や自然をイメージするような穏やか色のグラデーションに魅力があります。

これに対して、「あらかわ画廊」の『斎藤堅司展』では、けして厚塗りではないのですが、ルオーの作品をイメージさせる肖像画の展示をしていました。暖色系が多いようですが同系色の中にアクセント付け個性的な作品に仕上げています。

抽象画と肖像画と異なるものなのですが、おもしろいことに2つの展覧会が関係し合っているような感じがしました。どちらも色で見せることを意識しているようで、偶然なのかもしれませんが効果的に互いをひきたてているようです。どちらのギャラリーも歴史がありそうなので、良い意味で補完ができているのだと思います。

京橋界隈

次に宝町駅の方に向かっていくと協賛しているギャラリーが点在しているのですが、その中でも「SILVER SHELL京橋」でのインスタレーション『隠崎麗菜展』は個性的です。シリコン樹脂を使い編み込んではいないのですが、竹かごよう感じのカラフルな造形の作品が展示されています。

少女の中にある「女」をイメージしているそうですが、なかなか興味深い作品です。あまり大きい作品ではないのですが、インスタレーションをギャラリーでも展示することができる…これはちょっとした発見でした。こうして頑張るギャラリーがあることはとても良いと思います。

京橋界隈

企画される展覧会の中では、グループ展という形をとることも多いようです。グループ展では、個々の個性のぶつかり合いにより、見る側だけでなく創作側にも新たな想像を与えてくれると思います。今回のイベントの中でもグループ展を持ってくるギャラリーがいくつかありました。

「四季彩舎」では、『彩旬会展・華』を企画して藝大出身の4人(金丸悠児、瀧下和之、冨川三和五、山村龍太郎毅望)の作品を展示していました。それぞれ異なる手法を用いて「華」という切り口からアプローチしています。また表現しかたも華を直接描いたり、動物の姿から華をイメージさせたり、脇役として華を演出するなどなかなかおもしろいです。

こうしたチャレンジは、若い人たちの想像に対するパワーから来るものだろうと思います。プロの画家として生きて行くには厳しい現実もあります。しかし、想像や創作は止まることはない。だから、発表の場があれば120%の力を出し切る勢いとなるのだと思います。

京橋界隈

さて、京橋界隈ということで、協賛ギャラリーの中には銀座側に店を構えるところもあります。「ギャラリーゴトウ」もそのひとつです。今回は絵ではなく『冨長敦也展 68億の約束』という石彫の展示を企画していました。片手に収まるような小さい作品ですが、それぞれ石が主張しています。

石彫などの彫刻作品は、いつも見るだけでなかなか触れる機会がないのですが、ギャラリーの方は気軽に触ってみて下さいと声をかけて頂いたのが嬉しかったです。作品は、触ってはじめて判るところもあります。そのことを判っているギャラリーというのは、さすがであると思いました。

イベントのテーマとして「歩いて探すアート」となっているのですが、それが簡単に出来てしまうのがとても楽しいと思います。京橋界隈というイベントは、もう何年も続いているのですが、なかなか出かける機会がありませんでした。今回がはじめての参加となりましたがかなり良い収穫があったと思います。

最近では、六本木を中心に新しいギャラリーが動き出しています。しかし、老舗が集まる京橋も負けてはいないようです。豊富なノウハウに加え、新しい試みを続けていることが効果的に働いていると思います。他の地域と競争をしなから、アートシティ東京を支えて続けてほしいと思います。

※京橋界隈2010(2010年7月9日~2010年7月17日)

愛情 ~ 荒木経惟 センチメンタルな旅 春の旅2010年07月12日 21時24分45秒

芸術家にとって、作品を残すことが愛なのかもしれません。荒木経惟を支えてきた猫のチロも年老い死の時を迎えつつありました。その過程を見守るように撮影を続け『センチメンタルな旅 春の旅』を作りあげました。

荒木経惟

猫のチロは、妻・陽子から贈られた…彼女の分身だったのかもしれません。いつもの明るくシュールなアラーキーの作品とは違い、自分自身と向き合うことで現実を認識してるようでした。

愛するものとは、いずれは別れなければなりません。そして、その愛情が深ければ深いほど、別れは辛いものになります。現実を受け入れるため何ができるか? 彼にとっては写真しかなっかたのだと思います。写真を通してチロの死を受け入れようしたのだと思いました。

芸術家であることと残されていく家族であることが、複雑に絡み合っているように思います。でも、彼の愛情が伝わってきて、どれも良い作品であると思います。それて、ここから新しい荒木経惟がはじまるのだと思います。

※Rat Hole Gallery(2010年6月11日~2010年7月18日)

秘密の暗号 ~ オルセー美術館展20102010年07月18日 20時53分04秒

国立新美術館には、既に40万人の来場者があったようでした。会期が長いとは言えかなりのハイペースで来場者が増えていると思います。もはや、休日の観覧はあきらめて平日にやって来ましたが、それでも混んでいたのには驚きました。

改装中のオルセー美術館からの大放出ということは、マスコミを通して告知されていました。混雑は予想の範囲ですが、ここ最近の大型企画展には、大勢の人がやって来るとしみじみ思います。もちろん、たくさんの人が興味を持つことは嬉しいことですが、もう少し冷静さも必要であるような気もしています。

オルセー美術館展

今回のオルセー美術館展は、ポスト印象派とのサブタイトルがあります。みんなが好きな印象派は少しで、後期印象派のゴッホやゴーギャン、ナビ派のドニやボナール、そして、あのアンリ・ルソーの大作がメインになっています。

美術の教科書に載るような有名な作品を数多く見れるのは、とてもラッキーなことです。オルセー美術館の館長ギ・コジュヴァル曰く「たとえオルセー美術館にやって来たとしても、このような作品を一度に見ることは出来ない」とのことです。

これは、作品への想いと輸送、管理体制が充実した日本ならではの特別な企画展といえます。もちろん、費用の面でもオルセー美術館には美味しいこととなるでしょうが…日仏友好の証として考えておきましょう。

展示内容もとにかく豪華なラインナップです。印象派のモネからはじまりますが、さりげなく『日傘の女性』があらわれビックリします。続けて、スーラの習作がずらっと並ぶのですが、スーラの作品がこんなにあるなんてあり得ない状況です。

オルセー美術館展
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック「赤毛の女(化粧)、1889」

セザンヌとロートレックは、渋い作品を集め落ち着いた雰囲気となっていました。それに、背中の美しいロートレックの『赤毛の女(化粧)』まであって、だんだんテンションが上がってきます。そして、ゴッホとゴーギャンとなるのですが、ここが中間地点になります。

後半は、変化を楽しむことができるナビ派や象徴主義の作品がメインになります。モローの『オルフェウス』は、彼の作品ではキャンバスサイズも最大級であり、緻密さに手抜きもなくサロンで絶賛されたことが良く判ります。

ドニとボナール作品はかなりの数で楽しめますが、やはり最後はアンリ・ルソーです。『戦争』と『蛇使いの女』の2作品と大判振る舞いをしています。いずれの作品もルソー独特の世界観で圧倒される美しさです。

オルセー美術館展
アンリ・ルソー「蛇使いの女、1907」

個々の作品の影響力を考えれば、○○とその時代展をたくさん企画できそうな勢いがあります。したがって、今回のオルセー美術館展は、ものすごく贅沢な企画展だといえます。しかし、今回の展覧会でお気に入りを1枚選ぶとしたら…あさぎはゴッホの『星降る夜』を選びたいと思います。

この『星降る夜』は、1999年の西洋美術館でのオルセー美術館展で出逢っています。もう11年もの月日が経つのですが、はじめて逢ったときと同じように感動的な夜空でした。印象派の光と影の調和を夜に再現する。ゴッホでなければ出来ない発想です。

オルセー美術館展
フィンセント・ファン・ゴッホ「星降る夜、1888」

深い青の画面に街の明かりと星の瞬きが印象的です。人の作った光と自然の光が同じように美しいことをゴッホは伝えたかったのだと思います。アルルの生活の中でゴッホが夢と希望を支えに描いた作品なのだと思います。それは、右下のカップルの姿からも伝わってくるようです。

夜空に輝く北斗七星は、遠い異国の北斎へのオマージュなのだと思います。そして、それは日本人にとってもゴッホを感じる秘密の暗号になります。時を越えて何度もこの絵は、ゴッホの憧れの国である日本にやって来ました。互いに惹かれ合う魂は、永遠に生き続けていくかもしれません。

※国立新美術館(2010年5月26日~2010年8月16日)

底知れない恐ろしさ ~ 誕生! 中国文明2010年07月21日 20時41分47秒

日本の縄文時代は、いまでもたくさんの未知の部分があります。しかし、判っているだけでも、国としての形成や文明と呼べる知識や技術はありません。当然ですが、伝承のための文字すらも持っていないのです。これは、当時の日本が辺境であったことを意味します。

同じ時代の中国では、既に夏(か:紀元前20世紀~16世紀)という国家が成立していました。発掘調査こそ最近ですが、当時の日本に比べるまでもなく、最先端の知識、技術、そして人を持っていた中国文明そのものです。

中国文明

発掘された場所は、河南省の黄河流域です。幸いなことに文化大革命の時代、この貴重な財宝は土の中に眠っていました。もし、あの時代に発掘されていたら、いったいどんなことになっていたのでしょうか…。夏についての研究は、これからのようです。しかし、新しい発見があり、貴重な財宝が次々に出土しているようです。

展覧会では、この夏の出土品からはじまり、10世紀の北宋時代までの作品を「王朝」「技」「美」の3つのテーマにして展示しています。3000年という途方もない時間を体験できるスケールの大きな展覧会といえます。

ポスターにある作品が『動物紋飾板(どうぶつもんかざりいた)』というトルコ石で出来た仮面です。比較的小振りですが、夏の出土品であり紀元前16世紀に作られたものとのことです。細かく貼り合わせた宝石がみごとで、とても身分の高い人の持ち物であったと思われます。

『金縷玉衣(きんるぎょくい)』という全身を石の板で覆った服も圧巻で、 前漢の時代(紀元前2世紀)に石が死体を腐敗から守るとのことから作られたようです。この他に青銅器、金銀器、陶磁器、壁画、彫刻などさまざまな作品がこれでもかと展示されています。

最近の北京オリンピックや上海万博などから、中国は発展途上などと考えてしまうこともあります。しかし、もともとあらゆるもののポテンシャルが大きいので、当然の結果といえばそれまでですが、底知れない恐ろしさを感じます。美についても貪欲であり、新しい価値観を創造するのが中国です。

コピー大国など不名誉な命名をされているのも事実ですが、壮大な歴史の流れを見せつけられると、やがては美の世界をも再度リードしてしまうのではと思ってしまいます。大きな期待をしつつ中国の今後を見守りたいと思います。

※東京国立博物館(2010年7月6日~2010年9月5日)

野心は愛に変わることはなく ~ マン・レイ展2010年07月22日 23時08分25秒

『黒と白』という作品については、テレビの「美の巨人たち」の中で扱われ、本物と対面する前にちょっとした秘密を知りました。この作品は、モンパルナスのキキとの別れの一枚だったようで、中央のお面とキキの横顔、お面の黒と肌の白、そして、残された男と去りゆく女の関係が対峙しているとのことです。

マン・レイ

そもそも、アメリカで生まれたマン・レイ(1890~1976)は、本当は画家になりたかったようです。しかし、アメリカでの画家としての評価が良くない上に、自分の作品の記録用にはじめた写真の技術の方が認められ困惑したようです。思い通りにならない歯痒さを振り切るために、彼はパリに旅立ちます。

今回の展示にも画家としてスタートした頃の作品がありました。たしかにインパクトに欠ける作品であり、彼のモヤモヤした心が見え隠れするのを感じました。ダダイズム的な作品なのですが、色彩がおとなしいため、最先端であるにもかかわらず古い印象となるのだと思います。

当時の写真は、芸術ではなく記録でした。マン・レイ自身もそのつもりだったと思います。しかし、一枚一枚撮り続けるうちに、大きな可能性を見つけ出したのだと思います。そして、彼の内なるモヤモヤが写真を記録から芸術に変化させたのです。

写真が芸術となり彼も変化しました。そして、パリでキキと出会うのです。「美の巨人たち」によるとマン・レイは、キキに「君をフジタの絵よりも美しく撮ることができる」と口説いたそうです。写真の可能性と自身の誇りを取り戻すための虚勢だったのかもしれません。

マン・レイ
マン・レイ「黒と白、1926」

しかし、蜜月の時間は短かったようです。野心は愛に変わることはなく、お互いの溝が広がっていったようです。そして、別れぎわ『黒と白』が生まれたと言われています。キキから微笑みが消え、時の流れの中に身をゆだねているように思います。

激しい感情をぶつけ合ったが、結局残ったものは虚しい心の隙間というダダイズム的な思想が伝わってきます。マン・レイの苦手な色彩を排除したモノクロの世界がより効果的に観るものを引きつけるように思います。

その後も精力的に写真を撮り続けていきますが、画家でありたいと思う葛藤が写真を離れた作品(オブジェやデザインなど)にあらわれます。晩年にはカラー写真にも挑戦して作品を残していますが、かつての輝きをトレースするような雰囲気があり、別の意味の虚しさが漂うっているようです。

※国立新美術館(2010年7月14日~2010年9月13日)

スピードの追求 ~ 東京コンクール・デレガンス 20102010年07月26日 00時40分37秒

夏の日差しと海からの潮風は、訪れるギャラリーにも厳しいですが、展示される名車たちにもたいへん厳しいようでした。しかし、お台場(潮風公園)には、47台のクラッシックカーが集合しました。東京コンクール・デレガンス2010というイベントです。

47台のクラッシックカーは、1910~30年は「Vintage:ヴィンテージ」、1931~45年は「Classic:クラシック」、1946~60年は「Postwar Classic:ポストウォークラシック」、1961~75年は「Postwar Classic:モダンクラシック」とカテゴリー分けをされ展示されていました。

まずは、「Vintage:ヴィンテージ」ですが、この時代は車体が大きいものが多く迫力があります。動くキャビンという感じなのかもしれません。しかし、80年以上の歴史があるにもかかわらず、当時からスポーツタイプが存在するのが、スピードの追求を行う車ならではの世界です。例えば、このラリー ABC(1930年)などは、その象徴といえるでしょう。

東京コンクール・デレガンス9

「Classic:クラシック」では、さらにスピードへの要求を満たすために変化をします。車体は軽くスマートになり、デザイン的も流線型となっていきます。このアルファ ロメオ 6C2500 コルサ(1939年)は、いかにも早そうでスタイリッシュな形をしています。より早く、より美しく存在しているのだと思います。

東京コンクール・デレガンス4

スポーツカーのカラーリングは、とても鮮やかです。誰よりも目立つことを考えたのかもしれませんが、赤いカラーリングはもはや昔からの定番であるようです。「Postwar Classic:ポストウォークラシック」のO.S.C.A(オスカ) MT4-Tipo 2AD(1955年)も赤のカラーリングが似合う車です。車体も現在のGTカーと同じような形になってきて、まさにスポーツカーだと思います。

東京コンクール・デレガンス10

どの時代の車もそれぞれ良いところがあって魅力的です。しかし、何と言っても「Postwar Classic:モダンクラシック」にある車は、少しだけ特別な感じを受けます。もちろん、いまの車のデザインの原型であることもありますが、かつて、その時代の少年たちと一部の大人たちが共有した夢の乗り物だったように思うのです。

当時、目にする車は日本車であり、多くは輸出を目的として作られたコンパクトカーでした。そして、その日本車はアメリカ向けの合理主義的なつまらないデザインの車たちでした。そのとき、突然、現れたのがイタリアから来たスポーツカーだったのです。

スーパーカーとも呼ばれてもいました。歴史からも判るように、車はスピードとともにあります。このフェラーリ 365 GT4/BB(1975年)は、少年たちのあこがれのスーパーカーであり、フェラーリレッドといわれる深紅のマシンは、いまでもF-1の世界に受け継がれています。

東京コンクール・デレガンス2

イベントにはクラッシックカーばかりでなく、最新型やコンセプトカーなどの展示もしていました。例えば、ランボルギーガヤルドLP570-4 スーパーレジェーラは、フェラーリのライバルであるランボルギーの新型スポーツカーです。あのときスーパーカーブームに火をつけたランボルギーカウンタックの遺伝子を持ています。

東京コンクール・デレガンス5

コンセプトカーとしては、2009年のジュネーブショーで発表されたニッサン インフィニティ エッセンスが特別に展示されていました。この車に関しては、エンジンとモーターを組み合わせたハイブリッドカーで近未来的なデザインも注目したい、まさに日本が世界にセンスと技術を示す車なのかもしれません。

東京コンクール・デレガンス7

そして、最後にスクリーンの世界で大活躍したバットモービルもやって来ていました。映画「バットマン」「バットマン・リターンズ」で使用されて、あのマイケル・ジャクソンを虜にしたドリームカーです。6600×2400mmという大きさのボディに3600mmのホイールベース、ジェットエンジンを搭載しているといわれています…。

東京コンクール・デレガンス6

電気で走る車の時代はすぐそこに来ています。しかし、その精神であるスピードの追求は、この先も続いていくと思います。そして、スピードのためのデザインは、さらに美しく進化をしていくと思います。

木の香り ~ 友永詔三の世界「木彫の乙女たち」2010年07月27日 22時43分58秒

妖しい雰囲気を持つ乙女たちが迎えてくれました。作者の友永詔三(1944~)は、NHKの人形劇「プリンプリン物語」のキャラクターを作成していた造形家です。「プリンプリン物語」は、主役のプリンセス・プリンプリン以外は、あまり可愛くないキャラクターがたくさん出てくるお話だったと思います。

友永詔三

たまたまですが、展覧会場に友永氏本人が来ていて、知り合いと話をしている場面に遭遇しました。聞こえてくる話によると、見るからに細身の乙女たちは、現在の女性の体型とあまり変わりがないとのことでした。手足は少し長めだけど、背伸びをしている姿なのですらっと見えるとのことでした。

そのような情報をインプットしながら、さらに作品を観ていきました。大きさはさまざまですが、木の暖かさとすべすべの肌の滑らかさは、とてもセクシーでありエロスを感じることが出来ます。思ったよりも体の凹凸がしっかりしていて、正面からよりもお尻の見える背中からの方がより女性らしい姿だと思います。

見方によっては観音像のようでもあり、日本の伝統美を受け継いでいるようです。また、宙を舞うバリエーションは、羽衣伝説をイメージでき過去と現在が混じり合っているかのようです。そして、僅かですが作品から木の香りがしていて、とても心地が良い展示空間となっています。

※ニューオータニ美術館(2010年7月24日~2010年10月11日)

来年のいまごろは… ~ グランドプリンスホテル赤坂2010年07月29日 00時27分01秒

バブル時代にあこがれのホテルだった「赤プリ」ですが、来年のいまごろは解体作業が行われているかもしれません。丹下健三(1913~2005)が設計した40階建てのモダンなホテルですが、1955年の開業なので老朽化がその理由なのでしょうか?

耐震設計という面では、たぶん費用が高すぎることもあると思います。最近は次々と昭和の個性的な建築が、姿を消していくのは寂しいものです。閉館は2011年の3月末…かろうじて、自慢のエントランスに続く桜たちの開花に間に合うかもしれません。

グランドプリンスホテル赤坂