Asagi's Art News





三角関係 ~ カンディンスキーと青騎士展2011年02月02日 23時23分37秒

ロシアのヴァシリー・カンディンスキー(1866-1944)と言えば、抽象絵画の創始者であり、ドイツのバウハウスで教鞭をとり多くの芸術家の育成にも関わった人物です。モスクワ大学では、法律と政治を学び、絵画をはじめたのは大学卒業後にドイツに移り住んでからです。

彼の先生は、官能的な「サロメ」を代表作とする象徴主義のフランツ・フォン・シュトゥック(1863-1928)であることから、初期の作品は肖像画や宗教画などかなりアカデミックなものであったと思われます。

カンディンスキー

分離派展などにも参加して実力を認めらるのですが、新しい芸術の創造のためシュトゥックから離れます。そして、フランツ・マルク(1880-1916)やガブリエーレ・ミュンター(1877–1962)などと共に「青騎士」を結成することになるのです。

今回の展覧会では、この「青騎士」時代の作品を中心に、ドイツでの芸術革新を見ていくことができます。そして、展示作品は、ミュンターがカンディンスキーから引き継ぎ、後にミュンヘンのレンバッハハウス美術館が所有することになった貴重なコレクションです。

展示は、オーソドックスな時系列の4部構成です。構成名称は憶えていませんが、19世紀末のドイツ芸術、ミュンターとカンディンスキーの出会い、自然豊かなムルナウでの創作活動、抽象絵画の誕生と青騎士展といった感じになります。

まず、カンディンスキーの師匠であるシュトゥックの作品からはじまるのですが、分離派と言ってもとてもアカデミックな印象を受けます。緻密な写実と陰影表現に技術の高さとドイツのまじめさを感じることができます。この窮屈さにカンディンスキーがギブアップしてしまったのかもしれません。

カンディンスキーには、正式に妻がいます。もちろん、ドイツにも同行しています。しかし、「ファーランクス」という美術学校を作ると、そこに、ミュンターが現れるのです。惹かれ合うものがあったとは思うのですが、やはり不倫の関係に近づいていくことになります。ただ、泥沼の男女関係にならず、微妙な三角関係が続いているようでした。

この頃、既にカンディンスキーの作品は、抽象的な表現に変わっていました。フォーヴィスムの影響から色や形が大胆な表現になっていたのでが、何故か1つのミュンターの肖像画だけが、絵をはじめた頃のようにアカデミック画風で描かれていたのです。

カンディンスキー
ヴァシリー・カンディンスキー「ガブリエーレ・ミュンターの肖像、1905」

彼女の曇った表情に揺れる心の内を表すような感じが伝わります。運命を受け入れ、喜びを創造に導くために、どうしても描かなければいけなかった原点だったように思います。その後、カンディンスキーは、マルクなどと競うように抽象画を描いていきすばらしい作品を残しますが、この「ガブリエーレ・ミュンターの肖像」は、芸術表現以上の意味を持っている作品だと思います。

人としての弱さや葛藤する愛が、新しい表現を打ち消してしまったのかもしれません。すべてをやり直すことができるのか、このまま走り続けるのか、悩みはつきない感じです。…結局、いい加減な関係のままなったみたいですが、すっきりしないのもまた人生なのだと思います。

※三菱一号館美術館(2010年11月23日~2011年2月6日)

制約を使いこなすこと ~ 第14回 文化庁メディア芸術祭2011年02月07日 00時58分54秒

すでに14回目の開催になるメディア芸術祭です。アートに加えて、漫画、アニメーション、そして、エンターテインメント(ゲーム)の4つの部門から構成されています。エンターテインメント以外については、その芸術性が判りやすくなってきたように思います。

ビエンナーレやトリエンナーレが盛んになり、安定した作品(特にインスタレーション)が増えてきたアート部門、ストーリーや独自性を追求している漫画部門、表現に幅が出てきたアニメーション部門と見所も豊富にあるようです。

メディア芸術祭

しかし、エンターテインメント部門に関して、まだまだ手探りな状態から抜け出せていないような感じがします。展示もビックサイトなどでの見本市のような感じであり、表現の場としての要領を得ていないと思います。

エンターテインメントは、もっとも新しく可能性の高い表現手段であるだけに、選者を含めさらなる工夫が必要だと思います。確かにテレビゲームが主流であることが、制約を生んでいるように感じます。しかし、その制約を使いこなすことが新しい表現を作っていく力になると思うのです。

さて、この新しい表現に挑んだ作品の中で、個人的にベストワンを選ぶならば、クワクボ リョウタ(1971-)の「10番目の感傷(点・線・面)」をあげたいと思います。この作品は、インタラクティブアートと紹介されてるのですが、鉄道模型を使い光と影の効果を見せるインスタレーションです。

簡単には、鉄道模型の列車に光源を設置して、暗闇の中を走らせるもだけです。しかし、途中に置かれた身近なもの(例えば、料理で使うざる、洗濯ばさみ、ボールなど)が、その光源に照らされ影を作り、壁に本当の列車からみる車窓のような光景を見せてくれます。

時間にすれば10分も無いと思いますが、平原を駆け抜け、橋を渡り、トンネルをくぐります。そして、終着駅に向かっていくのです。影の流れゆくスピードや大小に変化させる計算が良くできていていてとっても楽しい作品でした。

メディア芸術祭

会場の風景は残念ながら撮影できませんでしたが、いくつかの作品が六本木の街の中に展示されていました。大賞作品のMichel DÉCOSTERD(1969-)の「Cycloïd-E」は、時間制でデモンストレーションをしているようでした。

また、この他にもいくつか展示があり、六本木アートナイトのように街にアートがあふれる演出は好感が持てます。そして、気がついたのですが、このような展覧会にはたくさんの若い人が集まってきていました。いつもの展覧会とはちょっと違った雰囲気で、これからがまた楽しみなる予感がしています。

メディア芸術祭

メディア芸術祭

※国立新美術館(2011年2月2日~2011年2月13日)

トワイライトゾーン ~ 小谷元彦展 幽体の知覚2011年02月09日 23時25分31秒

ようやく日没の時間が延びてきました。でも、まだまだ夜になるのは早く、夕暮れになると多くの美術館も眠りの準備をはじめます。ただ、六本木ヒルズの森美術館は、他の美術館よりも少し夜更かしをします。

インスタレーションに出会う場合、昼間の明るい時間よりも、夜のあたりが暗くなった時間の方が雰囲気があって好きです。作品を包み込む空気や静寂さが期待を盛り上げていき、作品の世界へと引き込まれていくように思います。

小谷元彦

今宵の小谷元彦(1972-)が造る世界は、まさに夜にピッタリの条件を揃えていると思います。テーマの「幽体」とは、超心理学や心霊研究では肉体と霊体の中間の状態を言います。怪談話などで耳にする「生霊」なども同じ状態です。ちょっと古いですが、トワイライトゾーンを体験にする展覧会になりそうです。

小谷元彦は、東京藝術大学で彫刻を専攻していています。そのため、ベースに彫刻をおきながらも、さまざまなインスタレーションに発展させ作品を発表しているのです。2003年にはヴェネツィア・ビエンナーレに参加するなど、世界的にも注目されている作家なのです。

写真、造形(彫刻)、ビデオインスタレーションなど、やはりさまざまな手法を用いて、「幽体」が存在する生と死の間を表現しています。もちろん、誰もがまだ見たことのない世界です。ただ、いずれは向かう世界なのかもしれませんが…。

さて、気に入った作品ですが、彫刻家であることを感じさせてくれた「Hollow」というシリーズは良かったです。まるでホラー映画に出てくるような血管や筋肉が露出した肉体を持つ人や動物を、白い樹脂を使い実物大に作り込まれています。

造形の印象として怖い感じもするのですが、ひとつひとつの筋肉の躍動感や表情の緻密さには驚きがあります。そして、無地の作品に見る光と影の調和に静かな美しさを見ることが出来ます。ここもまた異次元の世界なのでしょう。

また、「Inferno」というビデオインスタレーションも圧巻です。床と天井を鏡にして、周囲をスクリーンで囲んで滝のような上から下に流れる水の映像を映します。その中に入ると上下の鏡の効果で、空中に存在するような錯覚になります。

その状態に水の映像が加わるのですが、異次元の中に入り込んだような感覚になってきます。叫び声のような効果音もなかなか良くて、幽体を知覚することが出来るように思います。引き返すことが出来ない…そして、この先に何が待っているのか、いずれ判る日が来るのだと思います。

※森美術館(2010年11月27日~2011年2月27日)

パーフェクト ~ 運慶 -中世密教と鎌倉幕府-2011年02月14日 00時43分45秒

数年前のクリスティーズのオークションで話題になった運慶(生年不詳-1224)の大日如来像。この仏像も公開されると聞いて、金沢文庫まで足を伸ばしました。金沢文庫の名前は、駅名にもなっていて知っていたのですが、なかなか訪れる機会がなくはじめの訪問となりました。

金沢文庫は、鎌倉時代に北条実時(さねとき)が別荘としていた場所に称名寺を建てて、金沢氏に関する典籍や記録文書を集めたのがはじまりと言われています。歴史的に何度も再建をされていて、現在の金沢文庫は、1930年に神奈川県が文化施設として復興したものが元になり、1990年に歴史博物館として活動しています。

運慶

そんな金沢文庫において、これまた鎌倉時代の名仏師である運慶の展覧会が行われるのも何かの縁なのでしょう。さて、運慶の作る仏像は、平安後期からの女性的で豊満穏やかな表情でのっぺりとしたフォルムとは異なり、男性的で量感のある表情と変化のある力強いフォルムが特徴となります。

作品の中でも、密教の中心となる大日如来像は、悟りを開いた聡明な表情に加え、運慶が得意とする力強く見るものを圧倒する肉体美に目が引かれます。展覧会では、ポスターにも使用されている奈良・円成寺の大日如来像(1176)が、大きさや状態などを含めてとても美しいと思いました。

現存する運慶の仏像の中では、最も古い作品であり、この後の奈良・興福寺復興や奈良・東大寺での活躍の起点となったようにも思える作品と言えます。金箔はかなりはげていますが、そのことが逆に風格をかもし出しています。ずっしりと安心感を与える三角形の構成が、仏の功徳を広く伝えています。仏教のことを知らない人でも、伝えようとすることが何であるか感じることが出来るのです。

秘仏として、大事に扱われてきたこともあり、鎌倉時代の作品とは思えないような色鮮やかな仏像には、たいへん驚きがあります。例えば、神奈川・称名寺光明院の大威徳明王像(1216)などは、朱や藍などの当時使用されている顔料が鮮やかに残っていて、本当に1000年もの歳月が経っているのかと思わせるすばらしい作品です。

もちらん、話題の東京・真如苑の大日如来像もコンパクトでパーフェクトな状態で、異論はいろいろあると思いますが、個人的には本当に良い買い物をしたと思います。この他にも不動明王や毘沙門天など、数少ない運慶の作品をよくここまで集めたと思わせるなかなかの展覧会であったと思います。

※神奈川県立金沢文庫(2011年1月21日~2011年3月6日)

山形の記憶 ~ 小池隆英展2011年02月20日 00時00分12秒

大井競馬場の駅に着くと冷たい雨が降っていました。競馬場があることから牧場の匂いがしています。そして、あたりは同じような倉庫が並ぶ簡素な街のたたずまいです。こんな場所にギャラリーを構えるオーナーは、アートを求める者を選んでいるようにも思えてきます。

小池隆英

そのギャラリーは、アキラ・イケダギャラリーと言います。現代抽象画を扱う数少ないギャラリーのひとつです。以前は横須賀の田浦という場所を拠点にしていましたが、今年のはじめに東京に進出することになったようです。

オープニングの展覧会として、小池隆英(1960-)さんの新作の発表が行われました。あさぎにとって小池さんという存在は、絵画教室の先生でもあり、もっと身近に感じている現役のアーティストです。多少他のアーティストとは、想い入れが違うのかもしれませんが…

小池隆英

小池さんの作品は、微妙な色の濃淡で淡くぼんやりとした空間を作り出す独特の世界観があります。霧に包まれ…そこにあるものは、何なのかと想像をかきたてるような不思議な世界です。

小池隆英

小池隆英

ほとんどの作品は、「untitled」のように名前がありません。これは抽象画の作品に多い傾向ですが、題名を付けることでイメージが固定化され、自由な想像を阻害することを防ぐためとも言われています。

もちろん、そのような狙いもあると思うのですが、本当はもっと違うところに狙いがあるのかもしれません。作り手が見る側に問いかけ、見る側が新たな発見をする。そして、その発見が再び作り手に戻り共鳴する…こんなことを狙っているようにも思います。

小池隆英

小池さんは、山形の出身でときどき郷土の話をしてくれます。何もない田舎であると言っていますが、そこにある自然や暮らしている人たちのことをとても愛しているように思います。だから、少年時代を過ごした山形の記憶が作品の中に流れいるように感じたりします。

浮遊感が漂う画面を見つめていると、一瞬ですが連なる山々や優しい風の吹く田園を感じることがあります。これは、少年時代に出会ったたくさんの美しい感動が体に蓄積して、経験を経て熟成した結果から来るものでないかと思います。

※アキラ イケダ ギャラリー(2011年1月8日~2011年2月26日)