Asagi's Art News





精神の錬成は虚無に到る ~ フレンチ・ウィンドウ展2011年08月06日 22時44分52秒

森美術館の企画展にも東日本大震災の影響があり、当初計画していた作品が揃わない事態になってしまったようです。しかしながら、大きな混乱はなく開催に到ったのは、美術館スタッフの苦労によるものだと思います。

さて、フレンチ・ウインドウとは、ちょっと意味ありげな題名の展覧会です。解説などを見ると、フランス窓をモチーフにしたマンセル・デュシャン(1887-1968)の代表作「フレッシュ・ウィドウ」にちなんで付けられたとありました。

フレンチ・ウィンドウ

「フレッシュ・ウィドウ」は、自立した青い窓の作品です。しかし、ガラス部分を黒いエナメルを塗った皮で覆っています。作品と向かい合っても何だか判らないのですが、デュシャン主張を言葉にするならば、「精神の錬成は虚無に到る」と言った感じになるでしょうか…理解は難しいです。

また、この展覧会は、フランスの現代アートコレクター団体であるADIAF(フランス現代美術国際化推進会)が主催するマルセル・デュシャン賞の10周年を記念するものでもあるそうです。フランス現代アートの発信にはコレクターの役割が大きく、アートを支える個人や組織をつなぐシステム作るのがADIAFの目的であるそうで、現在、会員約300人、富裕層だけでなく若者や一般サラリーマンも参加しているとのことです。

展示の構成ですが、窓をテーマに「デュシャンの窓」「窓からの眺め」「時空の窓」「こころの窓」「窓の内側」の5つからなっています。また、地上広場のパブリックスペースにも作品を1点展示しています。なじみのないアーティストで派手な展開をするものはなかったのですが、デュシャンの精神を継承する精神的な作品が多いように思います。

フレンチ・ウィンドウ

さて、お気に入りの作品を選ぶとしたら、サーダン・アフィフ(1970-)の「どくろ」やクロード・クロスキー(1963-)の「フラット・ワールド」になるでしょうか。いずれもすばらしいアイデアで見せ方に特徴のあるおもしろい作品です。

サーダン・アフィフの「どくろ」は題名の通りですが、基本的には立体的なだまし絵と言ったら良いかもしれません。地面に金属の球体が何気なくいくつも置いてあるのですが、その球体をのぞき込むとどの角度からもどくろが見えます。これは天井に描かれたモザイクを写しているのです。天井は見上げても何を描いてあるか判らない、でも、球体にはどくろが見えるのです。

クロード・クロスキーの「フラット・ワールド」は、大きなテーブルの上にA4サイズぐらいの写真がいくつも置いてあります。良く見るとグーグルアースで見るような航空写真で、建物や森、海などの地形が写っています。作品は実際に手にとって裏返すことが出来ます。すると表とは別の地形があらわれます。実はこの写真の表と裏は、実際の地球上における表と裏だったのです。例えば、日本の裏がブラジルだったりするのです。

フレンチ・ウィンドウ

いずれの作品も後からいろいろなことを感じてしまう作品です。これがマルセル・デュシャンを継承するものたちと言われれば、何となく納得できるような気がしました。「精神の錬成は虚無に到る」とまではなりませんが、それなりに精神の窓をのそいたような感じがします。

※森美術館(2011年3月26日~2011年8月28日)

好きになれば良い ~ ワシントン・ナショナル・ギャラリー展2011年08月14日 23時42分24秒

印象派の展覧会として注目のワシントン・ナショナル・ギャラリー展は、夏休みになってますます盛況という感じでたくさんの人で会場は混雑していました。六本木という地の利や印象派という人気のある作品を集めたことが、人々を集める要因となっているのだと思います。

ワシントン・ナショナル・ギャラリーは、銀行家、実業家とさまざまな顔を持つアメリカの大富豪のアンドリュー・メロン(1855-1937)が集めたコレクションが元になりはじまりました。今年で開館70年にもなる歴史ある美術館なのです。

印象派の作品以外にもダ・ヴィンチなど美術史的に重要な作品を数多く所有している世界的な美術館です。なお、現在、西館にあたる部分の改修をしていることから、印象派の作品を数多く貸し出せるチャンスとなり日本での展覧会が実現したとのことです。

ワシントン・ナショナル・ギャラリー

美術館の改装に伴う展覧会の開催は、常に定石となっていることだと思います。ただ、ワシントン・ナショナル・ギャラリーでは、作品寄贈者の意向により他の美術館に作品を貸し出す場合、年間の作品数などの制約があるそうです。今回は特別にその制約をかなりゆるめたようで、大人の約束があるとしても日米の美術館がかなり頑張ったと思います。

さて、展覧会の展示ですが、印象派の作品ばかりでなく印象派につながる作品や印象派と同時代のバルビゾン派や写実主義の作品、印象派を発展させたポスト印象主義の作品までカバーする19世紀美術の変化を楽しむことが出来る構成になっています。もちろん、印象派の作品は、画集でしか見たことのないような大作がいくつも揃っています。

貸し出し制限のある常設コレクションは、エドゥアール・マネ(1832-1883)『鉄道』、フレデリック・バジール(1841~1870)『若い女性と牡丹』、クロード・モネ(1840-1926)『揺りかご、カミーユと画家の息子ジャン』と『日傘の女性、モネ夫人と息子』、ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841-1919)『踊り子』、

そして、メアリー・カサット(1844-1926)『青いひじ掛け椅子の少女』と『麦わら帽子の子ども』、ポール・セザンヌ(1839-1906)『赤いチョッキの少年』、ジョルジュ・スーラ(1859-1891)『オンフルールの灯台』の9点。これらは、テーマ毎に配置されていて出会うたびに感動することができます。

常設コレクション以外にもフィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)やアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック (1864-1901)の良い作品がたくさんあって驚いてしまいますが、どれかひとつだけ選ぶとしたら…今回はルノワールの『踊り子』にしたいと思います。

ワシントン・ナショナル・ギャラリー
ピエール=オーギュスト・ルノワール「踊り子、1874」

この作品は、1874年の第一回の印象派展に出展した記念すべき作品です。当時の評価ではデッサンが出来ていないなど酷評を受けた問題作です。確かに無骨的な感じもありますが、踊り子の表情や身につけているクラシック・チュチュやトウシューズの配色や色の混ざり具合は、心に残るまさに印象表現と言えます。

ルノワールは、幼い踊り子の自信と不安を画面に引き出しています。彼女の視線は、見る側の心にまで届くように思います。印象主義を学術的に理解することは、けっこう難しいことだと思いますが、心で受け止めることは容易なことなのだと思います。そこにいる彼女を見つめ、彼女を好きになれば良いのです。

※国立新美術館(2011年6月8日~2011年9月5日)

ここからはじまるもの ~ アニメ化40周年 ルパン三世展2011年08月16日 16時43分38秒

現在でも制作が続いている人気アニメーションのルパン三世もすでに放映開始から40年もの歳月が過ぎたそうです。放映当時の視聴率はそれ程でもなく、テレビ局の再放送の繰り返しによって徐々にファンを獲得していって作品だったようです。

原作はモンキー・パンチ(1937-)、漫画の連載は漫画アクションにおいて1967年から1969年まで全94話あるそうです。基本的はハードボイルドなもので、アニメーションでのコメディーな要素はほとんどなかったとのことです。

ルパン三世

アニメーションとなったルパン三世は、個性的なキャラクターや当時では斬新な音楽(ジャズ的な要素を持ち込んでいる)など、当時の子供向けアニメーションとは異なるスタンスに立ち制作サイドはかなりの冒険をしたようです。

展覧会は、漫画の原画やアニメーションの企画書や設定資料などを見ることが出来ますが、どちらかと言うとルパンファンのための催し的なものになっています。銀座松屋における恒例のアニメ祭りという要素を強く受けますが、このような展覧会もあって良いと思います。

芸術的なことよりも、ここからはじまるものがあるように思います。他の漫画やアニメーションにも言えることですが、ルパン三世の世界観を好きになることで何かをつかめるのではと思っています。特に子供たちは、漫画やアニメーションを目指すことも出来るし、美術や音楽に拘って違った方向に進むことも出来ます。これがきっかけになってくれればと思っています。

※松屋銀座(2011年8月10日~2011年8月22日)

至福の表情 ~ 第17回 秘蔵の名品 アートコレクション展2011年08月17日 22時26分45秒

今年で17回目となるホテルオークラ恒例の美術は、『文化勲章受賞作家の競演』とのサブタイトルが付いています。毎年、ふだん見ることが出来ない企業所有の作品を目玉にした夏の風物詩であり、とても楽しみな展覧会のひとつです。チャリティーイベントとしても定着していて、今年は東日本大震災の復興にも支援をしています。

アートコレクション

さて、文化勲章ですが辞退者(熊谷守一(1880-1977)など)を出すことありますが、日本国として科学や芸術に特に功績があった者に与える勲章とされています。第32代内閣総理大臣 広田弘毅(1878-1948)により発案された歴史のある勲章と言われています。

したがって、今回は勲章受賞者ということで、生前から一定の評価を得ていた人たちであることから、その時代のトップランナーの作品であると言えるでしょう。もちろん、死後に評価が認められる場合もたくさんあるので、勲章受賞者だけが優れているわけではありませんが、時代を牽引する役割を担った人たちであったことは確かです。

例えば、横山大観(1868-1958)や川合玉堂(1873-1957)などは押し寄せる西洋文化の中で新しい日本画を模索しました。岡田三郎助(1869-1939)や藤島武二(1867-1943)などは、新しい洋画というジャンルの先駆者として苦労をしています。なお、近年では加山又造(1927-2004)や平山郁夫(1930-2009)などが受賞していますが、比較すると受賞者は日本画家の方がやや多い感じを受けます。

展覧会の作品ですが、やはり企業に納める作品になることから、どこに飾っても見栄えのする落ち着いたものが多いようです。個性的な作品よりも売れる作品と言うことになると思うのですが、だからと言って何処にでもあるようなものではありません。しっかりと主張するところは声を大きく、彼らにしか作れない世界を見せるところが、やはりトップランナーの作品なのだと思います。

アートコレクション
小磯良平「集い、1977」

今回のその中でもいちばん良かったのが、小磯良平(1903-1988)の『集い』です。小磯は、肖像画の中でも群像を得意とする画家です。この『集い』も男女7人が入り混じる構成で、かつ、立ちポースや着座ポースを組み合わせた難しいものです。これ程の人数を画面に配置すると、まとまりが無くなってしまいそうなのですが、互いの関係が協調して不思議なハーモニーがあるのです。

ところどころに楽器が見えることから、小さな演奏会が一区切りついた和やかな時間のようです。演奏がどうであったか、次の曲をどうするかなどの話し声が画面から自然に聞こえてきます。顔の表情などは省略されているのですが、それでも個々の人たちの至福の表情を感じることが出来るのは、優れた絵画マジックなのだと思います。

※ホテルオークラ東京(2011年8月6日~2011年8月28日)

美しいとは? ~ 藤島武二・岡田三郎助展 女性美の競演2011年08月19日 10時40分30秒

藤島武二(1867-1943)と岡田三郎助(1869-1939)は、日本近代洋画の父と呼ばれる黒田清輝(1866~1924)を介して、ヨーロッパ留学、東京美術学校(現・東京藝術大学)の教授就任など同じように道を歩み競い合いました。

藤島武二・岡田三郎助展

藤島は、薩摩藩出身で当初は四条派の川端玉章(1842-1913)に日本画を学んでいましたが、24歳で洋画に転身します。黒田に影響されアカデミックな写実技法から印象派に到るまでの当時の最先端のモードをヨーロッパで吸収してきます。人物描写に関しては、西洋、東洋という観念を排除するようなダイナミックな傾向を見せています。

また、岡田は、佐賀藩出身で洋画の曽山幸彦(1859-1892)の画塾に入門が画家のスタートとなります。藤島と同じく黒田に影響されますが、日本人女性の美に強く惹かれることなります。また、色彩の扱いについて優れた感性をはっきして、黒田にも一目置かれる存在になります。

彼らの女性美は対照的で藤島の描く女性は凛々しい強さを持っているのに対して、岡田の描く女性はしなやかさと妖艶さを持っています。どちらの女性も明治という新しい時代を生き抜いていく強かさを秘めていることは共通しています。

今回の展覧会でどちらの女性を選ぶかという点にも注目したいと思っていました。それぞれの主張する女性美は、やはり奥が深いのです。だいぶ迷ったのですが、今回は岡田の『あやめの衣』をお気に入りに選びました。

藤島武二・岡田三郎助展
岡田三郎助「あやめの衣、1927」

この作品は、顔が描かれていないところが、何と言えずミステリアスですてきです。また、透き通るような背中の白さとあやめの衣の青のコントラストに加え、隠れている女性のプロポーションを想像するととても妖しくセクシーです。

女優ならば顔が命など言って、美しい容姿を求める傾向にあります。しかし、『あやめの衣』では、あえて重要とされる顔を隠して見るものの想像にゆだねます。「美しいとは?」と画家が問いかけているようです。答えの出ない哲学のようで、なかなか難しい永遠の問題だと思います。

※そごう美術館(2011年7月28日~2011年9月4日)