Asagi's Art News





空海の長い旅 ~ 空海と密教美術展2011年08月21日 23時33分07秒

昨年のことですが、春雨に濡れる京都の東寺を訪れました。雨にけむる五重塔が、弘法大師・空海(774-835)の長い旅を静かに語っているようで、古の日本に想いを巡らすことができる風景がありました。

そして、厳かに閉ざされた金堂の扉を開けた瞬間、弱い光の中の美しい仏像たちの姿が目に飛び込んできて、密教の壮大な宇宙観に圧倒された思い出があります。仏教や歴史に詳しくなくても、日本人の中に受け継がれたDNAが感じ、共鳴してしまう空間なのです。

空海

東寺の金堂はとても大きな建築なのですが、中に入ってみると大小さまざまな仏様が、ところせましとならんでいます。しかし、その仏像たちは、ただ雑然と配置されているのでありません。

密教の曼荼羅図の立体表現するように中央に大日如来を囲む五智如来を、左右の空間に金剛波羅密多菩薩を囲む五菩薩と不動明王を囲む五大明王を展開します。そして、さらにその外側に、今回、東京にやって来た帝釈天を含む天が守りを固めるのです。

今回の展覧会で驚いたのは、その金堂の配置を再現していたことでした。東寺にあるすべての仏像が揃っているわけではありませんが、空海が伝えようとした密教のための空間表現が再現されているのです。もちろん、評判を呼んだ阿修羅展でのノウ・ハウが随所に盛り込まれているのは、言うまでもありません。

広い国立博物館平成館の特別展示室の4部屋をテーマ毎にしての展示です。最初の部屋は「空海-日本密教の祖」と題して、絵画を中心に空海の人物像に迫っています。次の部屋は「唐求法(にっとうぐほう)-密教受法と唐文化の吸収」と題して、当時の世界最先端の思想や技術を持つ唐から学び得たものとして、密教法具などを中心に展示しています。

前半はメインである東寺の仏像を封印していて、観るものの期待感を煽るように空海の辿った道を確認させる演出はなかなか良い感じです。そして、後半に入り3番目の部屋は「密教胎動-神護寺・高野山・東寺」として、曼荼羅図などから東寺へ到るまでのイントロダクションを見せています。

いよいよ最後の部屋に東寺の仏像たちが登場します。「法灯-受け継がれる空海の息吹」がテーマですが、ここまで空海の長い旅の疑似体験をさせられたような気分になっていて、静かに出迎えてくれた仏像たちには感動を持って接することが出来ます。

もちろん仏像は、360度すべての方向から見ることが出来ます。この展示方法は、阿修羅展で評判を得たことから導入されたものだと思いますが、現地に出向いても見ることの出来ない部分まで、ゆっくり堪能できるところがすばらしいと思います。惜しみなくすべてを見せることもまた仏教の持つ幅の広さなのでだと思いました。

はじめて東寺で出会ったときから、とっても美男子で美しい仏像と印象があった帝釈天と再開しました。東寺では斜め左からしか見ることが出来ませんでしたが、今回はぐるっと、どこからでも見ることが出来ます。どこから見ても美しい顔立ちであり、優しく強い意志を感じることが出来ます。

空海
東寺「国宝・帝釈天騎象像、839」

帝釈天は、本来、古代インドの神話に出てくる軍神(ヒンドゥー教の神インドラ)であり仏法の守護神です。帝釈天は、甲冑(かっちゅう)をまとい象に乗り金剛杵(ヴァジュラ)をとって毒龍と戦い、阿修羅軍との戦いから勝利に導いた英雄です。

この帝釈天の仏像は平安時代(839年)完成するのですが、実は頭部は当時のままでなく補修がされているとのことです。それで、現在のような優しい表情を持つようになったとのことです。仏像にもさまざまな歴史があるようです。

※東京国立博物館(2011年7月20日~2011年9月25日)

コラボレーション ~ 手塚治虫のブッダ展2011年05月14日 23時57分13秒

手塚治虫(1928-1989)は、歴史上の偉人をテーマに作品をいくつか手がけています。「ブッダ」という作品も仏教の開祖である釈迦(紀元前463年- 紀元前383年)の生涯を描いた大作です。残念ながら全巻読破はできていませんが、手塚らしい人間としての理想や苦悩を描いているようです。

ブッダ展

展覧会は、東博の本館特別5号室というところを使用しています。この会場は、最近ではダ・ヴィンチの「受胎告知」、古くはルーブルの至宝で門外不出の「モナリザ」など、厳選された作品の展示に使用する特別な会場です。

今回、手塚が描いた「ブッダ」の原画にあわせて、各時代の仏像の名品を対比させています。それは、釈迦の誕生から出家をして、悟りを開き涅槃に到るまでの人生を、短い時間で見せるという試みなのかもしれません。

ところで、作品である仏像も漫画の原画もとても良いものであるのですが、コラボレーションとしての効果は少し弱いような感じがしました。また、会場のいっかくにアニメーション映画の「ブッダ」のコマーシャルもあったことからも、いろいろな事情があり積み上げすぎてしまったように思いました。

さて、特に気に入った良い顔の仏様なのですが、飛鳥時代の仏坐像(如来坐像)です。ブロンズの小さな仏様なのですが、長い年月で良い艶が出ていて、とっても優しい表情に魅力を感じます。法隆寺金堂釈迦三尊像の中尊と似ているそうですが、やはり表情はこちらの方が柔らかであるそうです。

ブッダ展
「重要文化財 仏坐像(法隆寺献納宝物)、7世紀」

※東京国立博物館(2011年4月26日~2011年6月26日)

目指すべき高い目標 ~ 白洲正子 神と仏、自然への祈り2011年05月01日 23時53分52秒

白州正子(1910-1998)のことをいまどきの言い方をすれば、セレブ(セレブリティ:Celebrity)になるのかもしれません。しかし、彼女は、激動の昭和においても断じて動じず、自分の信じる「美」について多くを語り残しています。

白州正子

少女時代に出会った「能」に、彼女の「美」の原点があると言われています。そうした日本の伝統の「美」の中から生み出された随筆は、アートブロガーのあこがれであり、目指すべき高い目標であると思っています。

出会った「美」に対してのするどい観察力、そして、感動を美しい言葉に置き換える技術は、アーティストと同じような評価をして良いと思います。今回の展覧会は、そのような意図も伺えるような構成であることから、かなり興味深いものとなっていました。

彼女は十一面観音に対する想いをいくつもの随筆で残していますが、彼女の言葉と実物の十一面観音を同時に鑑賞するのは、なかなか楽しいものでした。彼女は、仏はまだ人間の悩みから完全に脱してはおらず、それ故に親しみ深いと言います…人生のあり方を仏に見出していたのでしょう。

さて、作品の中で注目していたのが、日曜美術館でも取り上げられた奈良・松尾寺の「焼損仏像残闕」でした。もともとは千手観音であった仏像が火災によって焼け残ったものなのですが、これこそが真の仏の姿であり、ある意味到達した「美」を彼女が発見したのです。

白州正子
奈良・松尾寺「焼損仏像残闕(千手観音像トルソー)、8世紀」

今回、他の仏像と一緒に展示されているのですが、そこから放たれるオーラは強く、滑らかな曲線が、自然の秘められた「美」を引き出しています。破壊により作り出された姿は、誰もが感じるように抽象芸術の領域に達しているのです。

※世田谷美術館(2011年3月19日~2011年5月8日)

パーフェクト ~ 運慶 -中世密教と鎌倉幕府-2011年02月14日 00時43分45秒

数年前のクリスティーズのオークションで話題になった運慶(生年不詳-1224)の大日如来像。この仏像も公開されると聞いて、金沢文庫まで足を伸ばしました。金沢文庫の名前は、駅名にもなっていて知っていたのですが、なかなか訪れる機会がなくはじめの訪問となりました。

金沢文庫は、鎌倉時代に北条実時(さねとき)が別荘としていた場所に称名寺を建てて、金沢氏に関する典籍や記録文書を集めたのがはじまりと言われています。歴史的に何度も再建をされていて、現在の金沢文庫は、1930年に神奈川県が文化施設として復興したものが元になり、1990年に歴史博物館として活動しています。

運慶

そんな金沢文庫において、これまた鎌倉時代の名仏師である運慶の展覧会が行われるのも何かの縁なのでしょう。さて、運慶の作る仏像は、平安後期からの女性的で豊満穏やかな表情でのっぺりとしたフォルムとは異なり、男性的で量感のある表情と変化のある力強いフォルムが特徴となります。

作品の中でも、密教の中心となる大日如来像は、悟りを開いた聡明な表情に加え、運慶が得意とする力強く見るものを圧倒する肉体美に目が引かれます。展覧会では、ポスターにも使用されている奈良・円成寺の大日如来像(1176)が、大きさや状態などを含めてとても美しいと思いました。

現存する運慶の仏像の中では、最も古い作品であり、この後の奈良・興福寺復興や奈良・東大寺での活躍の起点となったようにも思える作品と言えます。金箔はかなりはげていますが、そのことが逆に風格をかもし出しています。ずっしりと安心感を与える三角形の構成が、仏の功徳を広く伝えています。仏教のことを知らない人でも、伝えようとすることが何であるか感じることが出来るのです。

秘仏として、大事に扱われてきたこともあり、鎌倉時代の作品とは思えないような色鮮やかな仏像には、たいへん驚きがあります。例えば、神奈川・称名寺光明院の大威徳明王像(1216)などは、朱や藍などの当時使用されている顔料が鮮やかに残っていて、本当に1000年もの歳月が経っているのかと思わせるすばらしい作品です。

もちらん、話題の東京・真如苑の大日如来像もコンパクトでパーフェクトな状態で、異論はいろいろあると思いますが、個人的には本当に良い買い物をしたと思います。この他にも不動明王や毘沙門天など、数少ない運慶の作品をよくここまで集めたと思わせるなかなかの展覧会であったと思います。

※神奈川県立金沢文庫(2011年1月21日~2011年3月6日)

秘境 ~ 聖地チベット展2009年12月31日 20時29分18秒

秘境と言われるチベットですが、政治的なことで話題になることが多く心配です。古い歴史を持ちながら大国の中国に飲み込まれ揺れていますが、継承されてきた仏の姿はきらびやかで美しい姿をしています。遥かなる昔にインドから高くそびえる山々を越えて伝来された仏教は、海から伝わってきた日本とは異なる発展をしています。

聖地チベット展

その仏が纏っている黄金は、厳しい土地での生活からの解放を願っての象徴であるようです。慈悲のある顔立ちとその教えを全身で表しています。そこから、まじめに信仰をしていけば、必ず極楽浄土が約束されている・・・そんな願いが伝わっていきます。

十一面千手先眼観音菩薩は、その複雑で緻密な姿に見る者は圧倒します。また、同時に安らぎを与えられるよう思います。優しい眼差しとあらゆる方向に伸ばされた菩薩の腕が、必ず助けることを人々に約束しています。現在、苦境にたつチベットですが、この仏たちがいつの日が必ず救ってくれることでしょう。

聖地チベット展
「十一面千手先眼観音菩薩立像、18世紀」

※上野の森美術館