Asagi's Art News





広島平和記念公園(原爆ドーム)2011年09月18日 18時26分55秒

巨大地震と共にやって来た大津波は、たくさんの命と生活を奪っただけでなく、いままで曖昧にしてきた原発との関わりを問うものになりました。福島の原発の爆発は、世界に衝撃を与えたばかりか、この先何十年にもわたる課題を残したのです。

震災後に村上春樹(1949-)が、カタルーニャ国際賞の受賞時に原発と原爆を結びつけ語りました。もちろん、彼の言葉に批判をする人もあらわれましたが、戦後の世界における日本人とその責任を問いかけている過去からの重いメッセージであるように思っています。

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岡山から広島では新幹線で約40分の距離にあります。多少迷うところもあったのですが、実際に見ることで何かが判ることもあるとの思いから、広島まで足を延ばすことにしました。当然のことですが、到着した広島は山陽地域の中心となる都市であり、特に意識をすることもない風景がそこにありました。

路面電車を使い原爆ドーム前まで向かいます。朝の通勤・通学時間帯ということもあってか、原爆ドーム前で下車する人はあまりいませんでした。特別な場所なのに特別な場所でない不思議な感じがしました。この街のもつ独特の気の流れなのかもしれません。

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道路を渡り広島平和記念公園に向かいます。すぐに木々の間から原爆ドームの姿があらわれました。写真などでは見慣れている形ですが、目の前にあらわれると熱線による傷だらけの姿なのですが、とても美しい姿に驚きました。歴史の意味を考えたとき、美しいという表現は良くないのかもしれませんが、心の奥に響いてくる美しさを持っていると感じました。

もともと原爆ドームは、広島県産業奨励館と呼ばれ、見本市など開催するイベント会場として使われることが多かったようです。設計はチェコ人の建築家ヤン・レッツェル(1880-1925)です。彼は聖心女子学院や上智大学などの設計もしているのですが、残念ながら戦争などですべて倒壊してしまっています。

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1945年8月6日、この原爆ドームのすぐ側でアメリカ軍B-29爆撃機「エノラ・ゲイ」から投下されたウラン型原子爆弾「リトルボーイ」により破壊されます。そして、奪われた20万人の命と、それ以上の人々を苦しみと共に平和と核兵器廃絶のシンボルに変わっていくのです。そして、1996年には世界遺産にも登録されることで、人類共通の歴史遺産として認識されたのです。

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原爆ドームの美は人類すべてへのメッセージであり、たくさんの芸術が同じ想いを作品にして問いかけています。ただ、最終的にこの想いを受け止めるのはひとり一人であり、世界を変えていくのもひとり一人の力があってのことなのです。

広島平和記念公園には、原爆ドームの他にもさまざまな記念碑があります。原爆死没者慰霊碑、原爆供養塔、平和の鐘、原爆の子の像など。そして、広島平和記念資料館から原爆ドームに一直線に結ぶ壮大な広島平和記念公園の全体の設計は、丹下健三(1913-2005)がとりまとめています。

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中央の慰霊碑のデザインの原型は、イサム・ノグチ(1904-1988)であり、慰霊碑に刻まれた言葉は、村上春樹も引用していた『安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから』です。ひとり一人の想いは異なりますが、いまこの言葉の意味をもっと深く考える時期に来ているのでないかと思っています。

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※広島平和記念資料館

ベネッセアートサイト直島(豊島美術館&精錬所)2011年09月17日 20時30分42秒

ベネッセアートサイト直島の美術館は、直島より北にある豊島(てしま)と犬島にも存在します。直島よりはアクセスが不便ですが、それぞれに魅力的な美術館や作品が配置されています。まずは、直島から20分ほどの豊島に向かうことにしまいた。

豊島には、体験型の美術館である豊島美術館があます。フェリーで唐櫃港で行き、そこから小さいバスで少し高台になっている美術館まで移動します。直島に比べるとさらにのどかな光景が広がっています。

直島

美術館の周りは畑になっていて、海風と動物たちの鳴き声が微かに聞こえてきました。豊島美術館は、西沢立衛(1966-)と内藤礼(1961-)が手掛けた作品です。西沢は、金沢21世紀美術館の設計で有名なSANNAの代表であり、国内外から注目を集める建築家です。また、内藤は、光や水、空気などを作品に取り入れるインスタレーションを得意とする彫刻家です。

直島

直島

インスタレーション的なアプローチで、まずは自然の中の小路を歩き抜けます。そして、水滴形のドームに入ると、2つの開口部からは風が吹き抜け、床から無数の水がわき出るさまを体で感じるのです。

作品はこれだけです。話だけでは状況はわかりづらいのですが、コンクリートの広い空間に風、光、音など、個々の要素が感覚として静か体に入り込んでくる感じがします。静かな夢の中にいるようにも感じられ、時間の流れが止まっていくようにも思えるのです。

そして、ベネッセアートサイト直島の最後は犬島です。最北端の島であることから、対岸に岡山県を望むことができます。かつては花崗岩の採掘場として知られ、銅精錬所跡や採石場跡が残っていて、最近では、テレビドラマのロケ地としても利用されていたようです。

直島

そして、この銅精錬所跡が犬島アートプロジェクト「精錬所」により美術館として蘇ることになり、いままでにない雰囲気の空間展示を実現しているのです。廃墟がテーマの作品にときどき出会うことがありますが、まさに打って付けの場所が犬島なのです。

直島

「精錬所」への入場は、時間制で区切れています。これは、作品の鑑賞方法が決まっていることと、ガイドを付けるために人数制限をしているためであると思います。たしかに、内部は昔の精錬所であり、照明も自然光にしてるため、しかたのない措置であると思います。

直島

作品は、近代化産業遺産としてのこる犬島の姿、美術館内部にあるインスタレーション、自然を利用した建築と美術館に取り入れられた環境システムから構成されています。なお、インスタレーションは、ウルトラ人形が可愛い「バンザイコーナー」を発表している柳幸典(1959-)が担当して、美術館の設計は東京理科大出身の三分一博志(1968-)が担当しています。

精錬所に入るとはじめに美術館内部のインスタレーションから案内されます。照明と空調は精錬所として使われていた頃と同じように、電気を使用することなく自然のエネルギー循環で行われているそうです。そのためか、視覚だけでなく聴覚、触覚、臭覚までもが刺激されることになるのです。

個々のインスタレーションも良くできているのですが、どちらかと言うと美術館自体のインパクトの方が強いため、内部の作品を含め美術館自体がひとつの生き物のような感じがしていきます。美術館が呼吸をしながら、来るものを見ている…そんな感じがするのです。

直島

美術館内部は1回きりの鑑賞となってしまいますが、周りの近代化産業遺産については好きなだけ見ることができます。かつての施設を周回する小路があり、高低差か少しあるのですがシンボルである煙突、発電所跡、貯水池など探検隊の気分を味わうことができるのです。

いろいろな意味から古いものと新しいものが混在する空間になっています。それは、時間を超えるタイムマシンのような存在であるかのようです。東北の大震災以降に考えるようになったエネルギー問題…そのヒントがこの島にあるのかもしれません。

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※ベネッセアートサイト直島

ベネッセアートサイト直島(南瓜&家プロジェクト)2011年09月16日 22時41分29秒

ベネッセハウスミュージアムの展示で、もっとも人気があるが草間彌生(1929-)の「南瓜」です。テレビなどで取り上げられるほか、彼女が周りに与える強烈な個性が作品とシンクロして人気があるのかもしれません。雄大な自然にド派手な黄色い南瓜は、直島の象徴として存在しています。

直島

統合失調症の病と戦いながら画家の道を歩きはじめた草間ですが、窮屈な日本画壇に失望したことを契機に独自の作品を手掛けるようになります。1950年代から個展を開催すると日本のみならず海外でも評判を得ていくことになります。

やがて、インスタレーションやパフォーマンスなどにも挑戦するようになり、「前衛の女王」と呼ばれるようになります。パートナーで「箱のアーティスト」として知られてるジョゼフ・コーネル(1903-1972)の死に落ち込む時期もありましたが、活動を再開するとさらに人気を増し今日に至っています。

直島

直島

直島には、これらベネッセの美術館以外にも、家プロジェクトいう地域に密着した作品があります。そこで、再びバスを使い島の北側にある本村に向かうことにしました。本村は、直島にあるもうひとつの港ですが、大型のフェリーなどは着岸できない小さな港になります。

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作品は港町の中に点在していて、スタンプラリーのような感じで作品を見て回ることになります。作品だけでなく港町自体も用意された作品のように不思議な感じのする空間を演出しているように思えます。

南寺、護王神社、角屋、碁会所、きんざ、はいしゃ、石橋となずけられた場所には、さまざまな仕掛けのあるインスタレーションが待っています。案内などのサポートを地元の人たちが行っていて、地元の人たちとのふれあいもまた楽しい時間です。

直島

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小さいな港町はアートの探索者がたくさんやってくるのですが、ちょっと終わりの時間が早いのが難点です。ひとり、また、ひとりと家路につきはじめてしまう、すぐに小さな港町は静かになっていきます。そして、今日もお疲れさまと看板ネコのリラックスタイムがはじまります。

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※ベネッセアートサイト直島

ベネッセアートサイト直島 (李禹煥美術館&ベネッセハウスミュージアム)2011年09月15日 23時11分20秒

直島の美術館は、島の南東部に集中していて徒歩で移動はそれほど大変ではありません。むしろお天気が良ければ、瀬戸内海の自然を楽しむこともできるのでお勧めと言えるかもしれません。

直島

地中美術館を出て道路沿いを5分程度歩くと、李禹煥(リ・ウーファン)美術館があります。この美術館も安藤忠雄(1941-)の設計した美術館であり、野外と室内に現代美術の潮流のひとつである「もの派」を牽引した李禹煥(1936-)の作品が展示されています。

「もの派」は、日本において前衛的な美術が盛んになってきた1960年代にものへの還元から芸術の再創造を目指として、関根伸夫(1942-)や李禹煥が理論を展開して、多摩美術大学の学生が中心となり活動をした歴史があります。

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ひとつの作品は、かなり遠くから見ることできます。大地から突き出た大きな柱がその作品で「関係項--点線面」と言います。とてもインパクトがあるのですが、周りを見ていくと京都にある枯山水のような静けさと単純化された美しさに癒される空間を作っているように思います。

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ここも美術館の内部は撮影できませんが、地中美術館と同じようにむき出しのコンクリートが特徴的で、ここでも空間自体が作品として成立しているのだと思います。展示の構成は、絵画と彫刻からなるのですが、全体的にはコンパクトな作りなっています。

彫刻は、石や板といった単純なもので、「もの派」が装飾的・説明的な部分をできるだけ削ぎ落とし、シンプルな形と色を使用して表現するミニマル・アートに近いことからも、作品と向き合うことで禅のような精神世界を体感できるにも思います。

李禹煥美術館をあとに海岸沿いの道を進んでいくと、宿泊施設を伴ったベネッセハウスミュージアムが見えてきます。今回、ベネッセハウスには、宿泊しませんでしたが「自然・建築・アートの共生」のコンセプトにはとても興味を惹かれるところです。

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美術館は、建物の1階、2階、地下なのですが、3階、4階もあり、そこは本当にホテルのようで・・・やっぱり泊まれば良かったかなと思うような魅力のある美術館でした。ガイドには宿泊をしないと見ることが出来ない作品もあるとのこと。なかなか上手い仕掛けがあるようです。

作品は国内外の現代美術作家の作品を収集していて、やはり室内と屋外に作品を配置しています。美術館の作りは、地中美術館や李禹煥美術館ぼどは特徴的ではないのですが、地下から2階までの吹き抜けや海の見える展示室などたくさんの工夫が見てとれます。

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例えば、ジャスパー・ジョーンズ (1930-)、デイヴィッド・ホックニー(1937-)、杉本博司(1948-)、ゲルハルト・リヒター(1932-)、ウォルター・デ・マリア(1935-)など、現代美術の代表する作家の作品をきっちり押さえていて、ちょっとお得な感じがしてきます。美術館内の撮影は出来ませんが、野外の作品がいくつかあります。

直島

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岡の上、傾斜の中、小さなビーチ、船着き場などにさりげなく作品を展示しています。気がつくとけっこう歩いている感じがしましたが、次は何に会えるのかが楽しみになってきて、疲れを忘れてしまうようです。そして、いよいよ直島を有名にした、あの作品に出会うことになります。

※ベネッセアートサイト直島

ベネッセアートサイト直島(地中美術館)2011年09月14日 22時53分12秒

岡山に起点を移して瀬戸内のアートな旅をしてきました。もちろん、何と言っても憧れのベネッセアートサイト直島を訪れることが、旅の大きな目的でした。昨年は、瀬戸内芸術祭の開催があり、小さい島々がたいへん賑わったそうです。そして、3年毎の瀬戸内芸術祭のプレシーズンには、ART SETOUCHI として常設展示が中心の取り組みをしているそうです。

まずは地中美術館をはじめ作品が集中する直島へ渡ります。岡山の宇野港、もしくは香川の高松港からフェリーが出ていました。どちらからも約20~30分ぐらいで到着できるアクセスの良いところです。岡山を起点にしたため、宇野港から直島に渡ることにしました。天気も良く初めての瀬戸内はキラキラ輝いて、アートの島が招いてくれているようであした。

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しかし、プレシーズンであるにもかかわらず、予想よりもたくさんの人がフェリーに乗り込んでいました。フェリーの座席には余裕がありましたが、ちょっと驚く状況です。噂には聞いていしていましたが、アートでの村おこしは、本当に大成功だったのでした。

さて、直島には2つの港があるのですが、大型のフェリーが着岸できるのは、南側にある宮浦港です。そして、宮浦港には、あの草間弥生の「赤いカボチャ」が展示されていて、島にやって来るフェリーを出迎えてくれるのです。憧れの地にやって来た期待感は徐々に盛り上がっていきます。

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直島での移動は、車を持ち込まない場合はバスかレンタルサイクルとなります。あさぎは体力は自信がないので、無難にバスを選択しました。そのバスですが、通常運転の他にフェリーで到着する人数を確認して、すばやく臨時バスを用意するなど素早い対応がとても好感を持てるのです。

あさぎは、その臨時バスに乗り込みました。通常のコースをショートカットをして、いちばん人気の地中美術館に直行することが出来ます。考えていたプランは変更になりしたが、地中美術館、李禹煥美術館、ベネッセハウスミュージアムの逆周りの美術館巡りをして、最後に本村港の家プロジェクトまで制覇するプランに変更してスタートです。

バスはかなりの坂道を登って行き、10分程度で地中美術館のチケットセンターに到着しました。最初にチケットセンターに通されるのですが、そこでは美術館の説明や鑑賞の注意などがあり、美術館の品質を保つようにしているようです。

もちろん、特殊な美術館ですから当然ではあると思いますが、さりげなく一般の美術館でも通用するルールのレクチャーするのは良いことだと思いますし、なかなか気持ちの良いものだと思います。そして、作品への期待を高めていく効果など感動のための仕組み作りには感心します。

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チケットセンターから地中美術館までの歩道の脇に、モネの池が再現されていました。とても良く手入れがされていて、少しずつ非日常的な扉に近づいていく感じがしてくる美しい光景です。地中美術館は、地形を活かした傾斜の中に作られた建物で、それ自体が作品である美術館です。展示作品も少なくとても贅沢な美術館です。空間アートとしてのコンセプトを余すところなく見せるためなのでしょう。

主催者であるベネッセコーポレーションの福武總一郎(1945-)は、現代美術に対して深い理解人物です。その彼が、慎重かつ大胆にプランを造り込んでいます。クロード・モネ(1840-1926)、ウォルター・デ・マリア(1935-)、ジェームズ・タレル(1943-)の作品は、建築家である安藤忠雄(1941-)の建物と空間で包みこまれ、特別なアートの結界を形成しているのです。

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残念ながら、美術館内部でのカメラ撮影は出来ませんでしたが、特別な空間によって新たな輝きを見せてくれます。例えば、モネの作品のある空間には、床にタイルのように細かい大理石で覆い、白い壁に晩年に作成された抽象画に近い「睡蓮」を5点配置しています。

人工の照明は無く、間接的に取り入れている外光によって作品を見ることができます。外光は天候によって明るさが変化します。太陽の出ているときは、明るくモネの「睡蓮」は部屋の中に輝き光がリズムをとります。しかし、雲が太陽を隠すとすぐに辺りは暗くなり、静寂と音を奪ってしまうのです。

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クロード・モネ「睡蓮-草の茂み、1914」

光でモネの「睡蓮」が、こんなにも変化するとは思いませんでした。時間が許せば何時間でもいたい空間です。朝や夕方には、どんな表情を見せてくるか…とっても気になりました。すばらしいコラボレーションと言えます。これらの作品は、地中美術館に行かなければ、見ることも感じることができない貴重なものなのです。さあ、旅はまだはじまったばかり…次の美術館に向かいます。

※ベネッセアートサイト直島