Asagi's Art News





赤レンガ倉庫2014年12月22日 23時52分19秒

赤レンガ倉庫

赤レンガ倉庫

赤レンガ倉庫

赤レンガ倉庫

赤レンガ倉庫

真鶴岬2014年05月08日 00時15分13秒

<<後日更新予定>>
真鶴岬

等々力渓谷2014年03月23日 20時31分07秒

<<後日更新予定>>
等々力渓谷

北の丸公園散策2013年07月16日 23時39分17秒

東京国立近代美術館で行われる展覧会では、少し先にある工芸館の入場チケットもらえます。但し、あまり時間がないときが多くなかなか見に行くことは出来ませんが・・・散策するにはちょっと良い場所の一つと言えます。

そこで、4月に行ったF・ベーコン展のときに「北の丸公園散策」を決意して、いくつかポートレートを撮ってきました。まずは、東京国立近代美術館工芸館です。この建物ですが、1910年に建設された大日本帝国陸軍の近衛師団司令部庁舎でした。

北の丸公園

重要文化財に指定されていますが、近代美術館の分館の一つとして機能していて、特に工芸の展示をしています。屋外展示もいくつかあますが、煉瓦の建物自体が作品であり、みかたによってはタイムスリップしたような感じがしてきます。

この先の公園が、北の丸公園の敷地になります。江戸城の北の丸があったところで、さらに時代をさかのぼっていく感じにもなります。木々も多く自然豊かな公園です。小鳥たちも多く生息していて、ちょっと懐かしい小鳥の家がいくつも設置されています。

北の丸公園

そして、さらに奥に進んでいくと日本武道館が姿を現します。1964年の東京オリンピックの柔道会場として誕生してから、ザ・ビートルズの来日公演で音楽の聖地となり、各種イベントでいつも賑わっています。なお、設計は、モダニズム建築の山田守(1894-1966)です。

北の丸公園

最後に公園の住人に挨拶をしてから散策を終わりにしたいと思います。もちろん、住人とはねこさんです。ちょっと眠そうでしたが、おとなしくポーズをしてくれました。それでは、ねこさん、またお会いしましょうね。

北の丸公園

※北の丸公園

西新宿と高層ビル群2013年02月03日 22時37分49秒

ヨドバシカメラの歌(原曲はハワイ民謡のおたまじゃくは蛙の子)に出て来る新宿西口(西新宿)には、淀橋浄水場の跡地に建設された高層ビル群が連なります。その中でも、特徴的な形状で注目されているのが、『モード学園コクーンタワー(2008)』です。

西新宿

「創造する若者を包み込み、触発させる」ことから繭(まゆ:コクーン)をイメージしていると言われ、芸術系の専門学校(東京モード学園)が入居しています。設計は、丹下都市建築設計が担当しています。場所的にみて窮屈感がありますが、新宿という街らしい建物なのでしょう。

新宿駅からコクーンタワーに向かう途中には、新宿の待ち合わせスポットのひとつ新宿スバルビルの『新宿の目(1969)』があります。富士重工がオーナーであったビルは、すでに売却されていますが、新宿を見つめ続ける目はいまも健在しています。

西新宿

『新宿の目』は宮下芳子さんの作品です。作品に寄せる想いの中で「時の流れ、思想の動き、現代のあらゆるものを見つめる“目”・・・」と語っています。確かに、この新宿であるならば、それは可能なのかもしれません。

新宿スバルビルから都庁に向かうことにしました。都庁までの道のりは、かつて段ボールハウスが建ち並び、フォークゲリラと呼ばれた若者であふれかえった時代もあったと言われています。それぞれの世代にそれぞれの想いがあるのです。

西新宿

西新宿

西新宿

都庁の建物、すなわち『東京都庁舎(1990)』もまた近代的な高層建築です。いろいろと揶揄されたこともありましたが、すっかり新宿の一部となった感じがします。東京に数多くの作品を残している丹下健三(1913-2005)による設計です。

展望台は無料で公開されていて、東京スカイツリーにおよばないかもしれませんが、かなり遠くまで見通すことが出来ます。警備は厳重になっていますが、手軽に天空から見る世界を手に入れることができます。

西新宿

都庁を離れ新宿中央公園沿いに歩いて行きます。写真には写っていませんが、三角形の新宿住友ビル、新宿三井ビル、ゴッホのひまわりのある損保ジャパンビルなど、初期の高層ビル群がずらりと並ぶ姿はアメリカのダウンタウンの雰囲気をかもし出しています。

歌舞伎町や商業地区の集まる新宿東口とは、ちょっと違った風景があります。離れて見ると狭いようにも感じるのですが、歩くと意外にも建物と建物の間隔が広いことに気づきます。当たり前かもしれませんが、なかなかおもしろい発見だと思っています。

西新宿

最後は新宿アイランドのシンボルでもあるロバート・インディアナ(1928-)の『LOVE(1995)』に会って帰ることにしました。新宿アイランドには、『LOVE』の他にもいくつかのパブリックアートがあって、テレビのロケなどに使用されることも多いようです。「愛のある街、西新宿」と言った感じでしょうか。

青山、表参道、そして原宿へ2013年01月19日 23時54分00秒

地下鉄の表参道駅から、根津美術館に向かう途中にガラスの城があります。光の屈折により見る角度で色が変化する近未来的な建物、それが『プラダブティック青山店(2003)』です。スイスの建築家ユニットであるヘルツォーク&ド・ムーロンがデザインを担当しています。

青山、表参道、そして原宿へ

彼らは同じ1950年生まれで、ともにスイスの大学で建築を学び、共同で建築事務所を開いています。そして、ロンドンの火力発電所をリノベーションした美術館『テート・モダン』や北京オリンピックでメインスタジアム『北京国家体育場(鳥の巣)』などで注目度が急上昇しました。

表参道駅に戻り反対側の原宿方向に歩いていくと、新旧の日本人建築家の作品に出会うことでできます。まずはじめは、伊東豊雄(1941-)が設計した『トッズ表参道ビル(2004)』です。この建物は、気をつけていないと通りすぎてしまうほど、自然な感じで街に溶け込んでいます。

青山、表参道、そして原宿へ

建物前にあるケヤキの樹と建物(外壁)が静かにシンクロしています。そして、お互い競うように太陽に向かってからだを向けています。人工的な建築に自然(神の造った)造形を取り入れることで、建築を生き物のように表現しているのです。

次は、表参道の新名所ともなっている安藤忠雄(1941-)の『表参道ヒルズ(2005)』です。同潤会青山アパートの再開発プロジェクトとして注目を集め、住居部分とブランドショップなどの商業施設からなる複合ビルとなっています。

青山、表参道、そして原宿へ

独特のコンクリートむき出しの姿は、いまや安藤ブランドとして受け入れられるようになったと思います。それで、不思議に街に馴染みランドマークとしての機能を発揮しているように思います。

原宿に近づいていくと、やはり人の数が増してくるようです。世界にカワイイを発信している街ということで、若い女性をターゲットとしたショップが数多くあります。そして、彼女たちが、この街に来てはじめて目にするが、大正期の鉄道省技師の長谷川馨が設計した『JR.原宿駅(1924)』です。

青山、表参道、そして原宿へ

ヨーロッパを意識したデザインとして、大正・昭和を代表する建物として大事にされています。都内でも木造の駅舎としては、もっとも古いものようで、最先端の建物がならぶ街にひとつの刺激を与えているのかもしれません。

日もだいぶ傾いてきましたが、最後に日本近代建築の父である丹下健三(1913-2005)の『代々木第一体育館(1964)』でしめたいと思います。流れるような曲線美は、東京オリンピックを通して世界に発信されることで、日本の建築技術の高さを知らしめたと言って良いと思います。

青山、表参道、そして原宿へ

時は流れ、東京に再びオリンピックを呼ぼうという活動が、盛んになってきました。夢が叶うか判りませんが、そのとき、また新たな時代の建築が登場して、日本だけでなく世界の人々の記憶に残っていくのかもしれません。