Asagi's Art News
新年 ~ 東京駅 ― 2013年01月01日 23時16分56秒
青山、表参道、そして原宿へ ― 2013年01月19日 23時54分00秒
地下鉄の表参道駅から、根津美術館に向かう途中にガラスの城があります。光の屈折により見る角度で色が変化する近未来的な建物、それが『プラダブティック青山店(2003)』です。スイスの建築家ユニットであるヘルツォーク&ド・ムーロンがデザインを担当しています。
彼らは同じ1950年生まれで、ともにスイスの大学で建築を学び、共同で建築事務所を開いています。そして、ロンドンの火力発電所をリノベーションした美術館『テート・モダン』や北京オリンピックでメインスタジアム『北京国家体育場(鳥の巣)』などで注目度が急上昇しました。
表参道駅に戻り反対側の原宿方向に歩いていくと、新旧の日本人建築家の作品に出会うことでできます。まずはじめは、伊東豊雄(1941-)が設計した『トッズ表参道ビル(2004)』です。この建物は、気をつけていないと通りすぎてしまうほど、自然な感じで街に溶け込んでいます。
建物前にあるケヤキの樹と建物(外壁)が静かにシンクロしています。そして、お互い競うように太陽に向かってからだを向けています。人工的な建築に自然(神の造った)造形を取り入れることで、建築を生き物のように表現しているのです。
次は、表参道の新名所ともなっている安藤忠雄(1941-)の『表参道ヒルズ(2005)』です。同潤会青山アパートの再開発プロジェクトとして注目を集め、住居部分とブランドショップなどの商業施設からなる複合ビルとなっています。
独特のコンクリートむき出しの姿は、いまや安藤ブランドとして受け入れられるようになったと思います。それで、不思議に街に馴染みランドマークとしての機能を発揮しているように思います。
原宿に近づいていくと、やはり人の数が増してくるようです。世界にカワイイを発信している街ということで、若い女性をターゲットとしたショップが数多くあります。そして、彼女たちが、この街に来てはじめて目にするが、大正期の鉄道省技師の長谷川馨が設計した『JR.原宿駅(1924)』です。
ヨーロッパを意識したデザインとして、大正・昭和を代表する建物として大事にされています。都内でも木造の駅舎としては、もっとも古いものようで、最先端の建物がならぶ街にひとつの刺激を与えているのかもしれません。
日もだいぶ傾いてきましたが、最後に日本近代建築の父である丹下健三(1913-2005)の『代々木第一体育館(1964)』でしめたいと思います。流れるような曲線美は、東京オリンピックを通して世界に発信されることで、日本の建築技術の高さを知らしめたと言って良いと思います。
時は流れ、東京に再びオリンピックを呼ぼうという活動が、盛んになってきました。夢が叶うか判りませんが、そのとき、また新たな時代の建築が登場して、日本だけでなく世界の人々の記憶に残っていくのかもしれません。
彼らは同じ1950年生まれで、ともにスイスの大学で建築を学び、共同で建築事務所を開いています。そして、ロンドンの火力発電所をリノベーションした美術館『テート・モダン』や北京オリンピックでメインスタジアム『北京国家体育場(鳥の巣)』などで注目度が急上昇しました。
表参道駅に戻り反対側の原宿方向に歩いていくと、新旧の日本人建築家の作品に出会うことでできます。まずはじめは、伊東豊雄(1941-)が設計した『トッズ表参道ビル(2004)』です。この建物は、気をつけていないと通りすぎてしまうほど、自然な感じで街に溶け込んでいます。
建物前にあるケヤキの樹と建物(外壁)が静かにシンクロしています。そして、お互い競うように太陽に向かってからだを向けています。人工的な建築に自然(神の造った)造形を取り入れることで、建築を生き物のように表現しているのです。
次は、表参道の新名所ともなっている安藤忠雄(1941-)の『表参道ヒルズ(2005)』です。同潤会青山アパートの再開発プロジェクトとして注目を集め、住居部分とブランドショップなどの商業施設からなる複合ビルとなっています。
独特のコンクリートむき出しの姿は、いまや安藤ブランドとして受け入れられるようになったと思います。それで、不思議に街に馴染みランドマークとしての機能を発揮しているように思います。
原宿に近づいていくと、やはり人の数が増してくるようです。世界にカワイイを発信している街ということで、若い女性をターゲットとしたショップが数多くあります。そして、彼女たちが、この街に来てはじめて目にするが、大正期の鉄道省技師の長谷川馨が設計した『JR.原宿駅(1924)』です。
ヨーロッパを意識したデザインとして、大正・昭和を代表する建物として大事にされています。都内でも木造の駅舎としては、もっとも古いものようで、最先端の建物がならぶ街にひとつの刺激を与えているのかもしれません。
日もだいぶ傾いてきましたが、最後に日本近代建築の父である丹下健三(1913-2005)の『代々木第一体育館(1964)』でしめたいと思います。流れるような曲線美は、東京オリンピックを通して世界に発信されることで、日本の建築技術の高さを知らしめたと言って良いと思います。
時は流れ、東京に再びオリンピックを呼ぼうという活動が、盛んになってきました。夢が叶うか判りませんが、そのとき、また新たな時代の建築が登場して、日本だけでなく世界の人々の記憶に残っていくのかもしれません。
宇宙から見たオーロラ展 2013 ― 2013年01月29日 22時39分42秒
まだ、特別な人にしか見ることが許されていない、美しい光景があります。それは、宇宙から見る地球の姿です。しかし、たくさんの人たちは、その美しい光景を知っています。なぜならば、憧れの宇宙飛行士たちが、感動して捉えた写真や映像を持って帰ってきてくれるからです。
本展覧会では、宇宙からの光景でも特にオーロラに注目しています。さ作品となった写真や映像は、日本のJAXA(宇宙航空研究開発機構)の宇宙飛行士である星出彰彦さん(1968-)と古川聡さん(1964-)が、ISS(国際宇宙ステーション)から撮影したものです。もちろん、彼らは芸術家ではありませんが、同じ日本人としての美意識を共有していることがポイントです。
暗黒の宇宙空間にリングのように輝くオーロラは、テレビなどで紹介されていたので、知識としてありました。なので、ある程度の想像ができたので、期待という点では大きいものではなかったと思います。しかし、作品としてプリントした写真やプロジェクタを使った映像は、なかなか吸い込まれる感じがして、想像以上にすばらしいものでした。
地上が見える場面では、ここで暮らしているのに・・・気がつかないことがたくさんあるのだと思ったりもしました。地上のあるものだけが、美しいもののすべてはないと、実感する良い機会になったと思います。そして、まだ宇宙飛行士すら見たことない宇宙には、どんな美しい光景が広がっているのか、夢はさらに大きく広がっていきます。
※コニカミノルタプラザ(2013年1月7日~2013年1月31日)
本展覧会では、宇宙からの光景でも特にオーロラに注目しています。さ作品となった写真や映像は、日本のJAXA(宇宙航空研究開発機構)の宇宙飛行士である星出彰彦さん(1968-)と古川聡さん(1964-)が、ISS(国際宇宙ステーション)から撮影したものです。もちろん、彼らは芸術家ではありませんが、同じ日本人としての美意識を共有していることがポイントです。
暗黒の宇宙空間にリングのように輝くオーロラは、テレビなどで紹介されていたので、知識としてありました。なので、ある程度の想像ができたので、期待という点では大きいものではなかったと思います。しかし、作品としてプリントした写真やプロジェクタを使った映像は、なかなか吸い込まれる感じがして、想像以上にすばらしいものでした。
地上が見える場面では、ここで暮らしているのに・・・気がつかないことがたくさんあるのだと思ったりもしました。地上のあるものだけが、美しいもののすべてはないと、実感する良い機会になったと思います。そして、まだ宇宙飛行士すら見たことない宇宙には、どんな美しい光景が広がっているのか、夢はさらに大きく広がっていきます。
※コニカミノルタプラザ(2013年1月7日~2013年1月31日)