Asagi's Art News





実験 ~パウル・クレー おわらないアトリエ2011年07月03日 18時16分39秒

抽象画をイメージしたときにはじめに思いつく人物のひとりがパウル・クレー(1879-1940)でした。しかしながら、彼の回顧展を訪れることは出来ていませんでした。ときどき目にする彼の作品のからは、単純な形とちょっと濁りのある色彩をいつも感じていました。

パウル・クレー

スイスに生まれたクレーは、ワシリー・カンディンスキー(1866-1944)の青騎士に参加して、後にドイツのバウハウスの教授としても活躍します。しかし、当時あった表現主義、超現実主義などには属さない独自の画風であったと言われています。戦争がはじまるとナチスからの弾圧を受けることになります。

退廃芸術と揶揄されることでドイツから去ることになるのですが、ちょうどその頃に描かれた作品が「花ひらいて」という油彩画が今回の展覧会に来ています。この作品は、彼が10年前に描いた「花ひらく木」という作品を90度回転させ大きさを倍にしたもので、以降に行う実験的な絵画の取り組みの元になっている作品のようです。

パウル・クレー
パウル・クレー「花ひらいて、1934」

展覧会は回顧展であることから年代順の展示なのですが、後半部分についてはかなり実験的な展示となっていて美術館スタッフの遊び心が見え隠れしているようです。クレーは、仕上がった作品を回転させたり、切断したり、また貼ったりと再構成という試みをするようになります。

このクレーの試みに合わせるように展示構成も回転や切断といった再構成をイメージさせたのです。具体的には、広いスペースの中に島を配置して、島の壁に作品を展示するものです。作品を動かすことができないので、人が動いてクレーの再配置を体験する仕組みです。

頭で考えるのではなく感覚として体感することで、難しい論理も容易に理解できるなかなかのアイデアあると思います。しかし、見る側にも戸惑いが生じていて、あっちに行ったりこっちに行ったりと、主催者の思う壺という感じがして、やられたと思う楽しい展覧会でした。

※東京国立近代美術館(2011年5月31日~2011年7月31日)

ノスタルジック ~ 蕗谷虹児展~魅惑のモダニスト2011年07月16日 23時58分13秒

蕗谷虹児(ふきやこうじ)(1898-1979)は、竹久夢二(1884-1934)の導きで挿絵画家としてデビューをします。日本画のベースがある清楚な少女画が評判となり、試行錯誤はあったものの生涯そのスタイルに変化はないように思います。

蕗谷虹児

1925年にはパリに渡り油彩にも挑戦して、「サロン・ナショナル」「サロン・ドートンヌ」などに入選する活躍をしています。藤田嗣治(1886-1968)や東郷青児(1897-1978)との親交を深めたのもこの時期ということです。そして、帰国後には活躍の場をさらに広げ東映動画にてアニメーションの原画・構成を担当しています。

また、図案デザインなどもすばらしく、本の装丁デザインなどは主張が強すぎず、シンプルかつ洗練されたものです。文豪の作品に品格を与え、作品を一段上の世界に押し上げているような感じがしてきます。

展覧会には、彼の作品(作品の資料を含め)を一度に600点も集める回顧展になっています。初期の日本画をはじめ、挿絵画家時代の原画、パリでの油彩作品、晩年の確立された世界とマルチな活動を詳細に紹介しています。

世代により想いも異なるのでしょうが、世界童話全集などの挿絵は子供の頃に出会ったことのある作品であり、なんともノスタルジックな感じがしました。もちろん出会った頃には判りませんでしたが、これも蕗谷虹児の仕事であったかとあらためて納得したよう気になりました。巡り合わせとは本当に不思議なものだと思います。

※そごう美術館(2011年6月11日~2011年7月18日)

完全美 ~ 大英博物館 古代ギリシャ展 THE BODY 究極の身体、完全なる美2011年07月19日 20時10分21秒

古代ギリシャと言っても約3000年間の長い歴史があります。しかし、ギリシャの美術としてなじみがあるものは、比較的新しいアルカイック時代(前600‒前480年)、クラシック時代(前480‒前323年)、ヘレニズム時代(前323‒前31年)、ローマ時代(前31年以降)に作られた彫刻や陶器などになると思います。

古代ギリシャ展

今回の展覧会は、本当に古い時代のものからオリンピックなどの文化的に開花した時代までを網羅する貴重なものとなっています。約5000年もの時の流れに耐えた素朴な女性像から完全美の円盤投げ(ディスコポロス)まで、これぞギリシャ文明と期待が高まります。

ギリシャ美術の変遷を確認することも楽しいのですが、今回はどうしても円盤投げ(ディスコポロス)が気になってしまいます。人としての最も美しいフォルムと近代オリンピックに受け継がれる筋肉の躍動感は、魅力がありすぎると言って良いと思います。

新聞などの記事によると作られたのはローマ時代の紀元前5世紀半頃、ギリシャの彫刻家ミュロンによるものと伝えられています。そして、この円盤投げ(ディスコポロス)には、オリジナルがあったことからローマンコピーと呼ばれているようです。つまりローマ時代の複製品であるのですが、すでに2000年もの月日が過ぎていることからオリジナルと同様に貴重な作品なのです。

古代ギリシャ展
ミュロン「円盤投げ(ディスコポロス)、紀元前5世紀半頃」

研究者によると円盤投げ(ディスコポロス)のポーズは、実際の競技には適さないと指摘があるそうです。実際の競技から写したポーズではないとすると、作者が意図的に美を追究したものであると考えるのが自然です。筋肉が躍動する最も美しい形を探り、円盤を持ち弓のようにしなる体こそ完全美であるとの結論なのだと思います。

円盤投げ(ディスコポロス)の展示は、作品を囲むようにして360度どの位置からも見ることができるものです。例の阿修羅展の展示方法と同様の方式を採用しています。多少見上げる形になりますが、角度による微妙な変化を追うことが出来ます。見る人によりベストポジションが異なると思いますが、どこから見ても美しい作品でいろいろな意味で人間はすごいと思ってしまいます。

※国立西洋美術館(2011年7月5日~2011年9月25日)

アートアニメーション ~ 木を植えた男。 フレデリック・バック展2011年07月24日 23時41分27秒

アニメーションの分類にアートアニメーションというものがあります。テレビ放映される一般的なアニメーション(アニメ)と区別をするためにあえて使用しているようです。日本のアニメの歴史は古いのですが、アートアニメーションとなるとさほどでもないようです。手塚治虫(1928-1989)もいくつか実験的なアニメーションを試みていますが、評価となると厳しい一面があるようです。

もちろん、最近の日本にも「頭山」の山村浩二(1964-)や「つみきのいえ」の加藤久仁生(1977-)などアカデミー賞で評価される作家があらわれてきましたが、圧倒的に日本が優位になっているとは言えない状況です。商業的なアニメで成功している現実があることからも芸術性の高い作品もそれに続いてほしいところです。

フレデリック・バック

さて、アートアニメーションを確立した存在こそが、今回の展覧会の主役であるフレデリック・バック(1924-)なのです。1981年に「クラック!」という作品で第54回アカデミー賞短編アニメ賞受賞します。この作品は、色鉛筆のやわらかいタッチのアニメーションで森から切り出された木がロッキング・チェアに変わり、人たち暮らしの中で壊れ、修理をされ使われていくさまを軽快な音楽とも綴ります。

そして、1987年に一部のアニメーションファンに衝撃をあたえた「木を植えた男」を発表します。また、「木を植えた男」は「クラック!」と同様に第60回アカデミー賞短編アニメ賞受賞することで、芸術性の高いアニメーションの評価を高めています。

「木を植えた男」は、色鉛筆のやわらかいタッチは変わらず、戦争や環境問題などの社会性のあるテーマをさりげなく語っています。世界情勢が変化する中に一人荒れた森に木の種を植え続け、人知れず大きな森へと再生させる。それは、人間が神と同じようなことを成し遂げることができる奇跡を描いています。

このアニメーションの衝撃は、社会性のあるテーマを扱うことに加えて、テレビで見ていたセルを使ったアニメーション以外の手法があり、しかも感動するほど美しいことでした。当時、商業的に誇張されパターン化されたアニメーションの世界が、空しく寂しいものように感じました。どうして、日本では芸術性の高いアニメーションは評価されないのか疑問を持つようになったのもこの作品があったからです。

「木を植えた男」の発表からしばらくして、商業的なアニメーションを制作するプロダクションでも、同じような疑問を持つ人が出てきたのです。例えば、スタジオジブリの宮﨑駿(1941-)や高畑勲(1935-)などが、積極的にアートアニメーションの紹介を続ける活動を行いました。新しい人材が育ってきたことは本当に嬉しい限りで、日本のアニメーションも捨てたものではないと感じることができています。

※東京都現代美術館(2011年7月2日~2011年10月2日)