Asagi's Art News





水彩画の優しい表現 ~ 巨匠たちの英国水彩画展2012年11月17日 23時11分54秒

誰もが子供の頃から馴染みのある画材が、水彩絵の具だと思います。たくさんの色の絵の具を手にしたときの喜びは、絵を描く前から心ときめいたことを思い出します。そして、水彩画はアマチュアだけでなく、プロとなった画家たちにも愛されています。

イギリスのマンチェスター大学ウィットワース美術館には、水彩画とデッサンを中心に4,500点のコレクションがあり、イギリスをはじめとする近代の巨匠の作品を数多く所蔵しているそうです。なお、現在は改修工事が行われていて、完成予定は2014年になるとのことです。

巨匠たちの英国水彩画

展覧会の構成は、イギリスと水彩画の関わりからひもといていき、トマス・ガーティン(1775-1802)に代表される風景画と「美」と「崇高」を軸としたピクチャレスクという審美理念との関係を見ていきます。そして、18世紀に流行ったアルプス山脈を経由してイタリア観光を行うグランド・ツアーでの風景に続きます。

巨匠の作品は、ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775-1851)、ウィリアム・ブレイク(1757-1827)、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(1828-1882)やエドワード・バーン=ジョーンズ(1833-1898)などを取り上げイギリスでの水彩画の発展を紹介しています。

展示作品では、やはりターナーの揺らめく風景までの変遷がすばらしいのですが、水彩画の優しい表現で注目されていたのがマイルズ·バーケット·フォスター (1825-1899)の作品でした。日本人があこがれるイギリスの田園風景は、静かな時間が流れているようです。

巨匠たちの英国水彩画
マイルズ·バーケット·フォスター「夏季 ふたりの少女、幼子、人形、1860頃?」

フォスターは、ロンドンで挿絵などを手掛けていたようですが、1850年頃から水彩画の作品を発表するようになりました。また、ウィリアム·モリス(1834-1896)などとも交流があったようです。彼の描く素朴で自然な生活は、心に癒やしを与えてくれるようです。機会があれば、他の作品にも出会えればと思っています。

※Bunkamuraザ・ミュージアム(2012年10月20日~2012年12月9日)

固定された表情 ~ ジェームズ・アンソール -写実と幻想の系譜-2012年09月29日 22時44分32秒

ジェームズ・アンソール(1860ー1949)の作品は、シュルレアリスムの展覧会に影響を与えた作品として、一緒に展示されることが多いような気がします。骸骨を描く画家としての認識があるのですが、単独の回顧展を訪れるのは、ははじめてだったと思います。

今回の展覧会は、彼の故郷でもあるベルギーのアントワープ王立美術館の改装により実現したと聞いています。骸骨のアンソール以外のどんな作品に出会えるのか、とても楽しみにしていた展覧会のひとつです。

ジェームズ・アンソール

画家を目指したアンソールは、ブリュッセルの王立絵画アカデミーで絵画を学んでいます。初期の作品は、古典的なフランドル絵画を思わせる感じの写実が中心で、自画像をはじめとする人物画や静物画、どんより感のある風景画なども描いています。

興味深いのは、劇的な変化を遂げるパリとは疎遠であることです。気にならないはずがないと思うのですが、そこには目も向けず独自の世界観を確立させたのかもしれません。

そして、徐々に髑髏のアンソールとして、注目を集めるようになっていったと思います。しかし、彼が骸骨を作品にする前に、もうひとつ注目すべき対象を描いていました。それは、仮面です。

仮面は素顔を隠すことによって、まったく別の人物に変わることができます。そのため自身の卑しさや強欲さえも気にすることなく振る舞うことが出来るのです。但し、それは仮面をかぶる方のことですが・・・

では、仮面をかぶる者たちを見る側には、その様子はどう感じるでしょうか? 喜怒哀楽の表情を持つ仮面ですが、それは固定された表情です。動かない表情は、ある意味で死との関わりを導き出すのかもしれません。

あくまで推測に過ぎませんが、アンソールは、仮面をかぶった者たちに対して、精神的な自由を手に入れていても、表情の変化がない死者と同じであると考えたのかもしれません。そう考えると仮面から骸骨に変化していくことが自然に思えるのです。

ジェームズ・アンソール
ジェームズ・アンソール「陰謀、1890」

さて、展覧会では、その仮面の作品の中でも代表的な『陰謀』と出会うことができます。仮面をかぶるり自身を隠した人たちは、お互いの欲望をさらけ出そうとしていますが、その表情は乾いていて変化はしません。自身の欲望と引き替えにするものは、自身の死と言うことなのでしょうか?

この作品は、色彩的にも華やかであり、それが人々のたくらみの数の多さを暗示しているようにも思えます。もしかして、当時、アンソールは、彼の周囲の人間関係に疑問を持っていたのかもと考えてしまいます。

簡単に人を信じられない・・・そのような苦い経験がどこかにあったのか、もっと広い社会的な問題に関心があったのか、興味は尽きません。そして、彼が人の精神的な部分に光をあて、絵画によって表現しようとしたことにも、今後注目してみたい気がします。

※損保ジャパン東郷青児美術館(2012年9月8日~2012年11月11日)

愛のかたち ~ レーピン展2012年09月14日 23時41分16秒

朝日新聞夕刊の美術欄に紹介されたイリヤ・レーピン(1844‐1930)の『皇女ソフィア』を見たい人は、彼のイメージを誤解してしまうかもしれません。荒ぶる皇女は、とてもインパクトのある作品として取り上げたのだと思います。

ところがBunkamuraの企画では、以前からレーピンの繊細で美しさで魅せるように紹介しています。例えば、ポスターに使用されている『休息―妻ヴェーラ・レーピナの肖像』は、展覧会用に描かれているようですが、妻への愛しさや安らぎを描き込んでいるようです。

レーピン

どちらの作品もロシアアカデミーを代表するレーピンと言うことで、技術の高さよりもモデルの内面の描き方に注目して批評や賛美をしているのだと思います。では、なぜレーピンの作品には、モデルの内面がにじみ出てくるのでしょうか?

彼が生きた時代のロシアは、皇帝や貴族の支配から社会主義革命への変わる激動期です。彼は没落していく上流階級と革命を成し遂げても貧しい民衆が混沌する社会を常に見つめ続けていたのです。

上流階級の肖像画だけでなく、最下層にある民衆も同時に描き社会の矛盾を描いていこうとしたのかもしれません。自身の目の前にいるモデルが、どんな立場でどんな生き方をして来たのか…それを感じ高い技術で絵画に落とし込んでいくのです。

さて、今回の展覧会のお気に入りの作品は、やはり『休息―妻ヴェーラ・レーピナの肖像』でした。繰り返しになりますが、この作品からはレーピンの妻への愛が感じられるのです。そして、彼女もまたすべてを彼にゆだね心を許していることを感じます。

レーピン
イリヤ・レーピン「休息―妻ヴェーラ・レーピナの肖像、1882」

ふたりの間にある信頼や愛を具体的に表現することは、とても難しいことだと思います。これは、レーピンの観察力と卓越した技術があって、はじめて具現化されるのだと思います。そして、彼らの愛のかたちからは、たくさんの幸せを与えてもらうことができるのです。

※Bunkamuraザ・ミュージアム(2012年8月4日~2012年10月8日)

モンソー公園 ~ 近代日本洋画の魅惑の女性像 -モネ・印象派旗挙げの前後-2012年08月24日 01時12分49秒

東京で訪れたことのない美術館がいくつかあります。泉屋博古館分館も、そのひとつです。ホテルオークラ東京からすぐのところ、神谷町駅ではなく六本木一丁目駅の方に歩いて行くと見つかる小さな美術館です。

本家の泉屋博古館は、京都の鹿ヶ谷(平安神宮のそば)にあるそうです。住友グループが母体となっていて、住友家の第15代当主である住友春翠(すみともしゅんすい)(1864-1926)が、収集したコレクションがはじまりだそうです。

近代日本洋画の魅惑の女性像

青銅器や鏡鑑のコレクションが有名ですが、中国・日本の書画、西洋絵画、陶磁器、茶道具、文房具、能面・能装束など、かなり広範囲のものをカバーしているようです。今回は、その中から近代日本と印象派の西洋絵画に絞った展覧会となっています。

女性の肖像画を中心に藤島武二(1867-1943)、岡田三郎助(1869-1939)、山下新太郎(1881-1966)、小磯良平(1903-1988)などを展示、加えて美術館自慢のクロード・モネ(1840-1926)の「サン=シメオン農場の道」と「モンソ-公園」をメインに紹介しています。

モネの作品は、春翠が直接買い付けに行ったものとのことです。当時、あまり知られていなかった印象派の作品にいち早く目をつけたところは、かなりの目利きのコレクターと言えます。だからこそ、住友コレクションにとっては、とても思い入れのある作品なのでしょう。

近代日本洋画の魅惑の女性像
クロード・モネ「モンソー公園、1876」

「モンソー公園」は作製年からすると、パリで印象派展が開催されていた頃の作品のようです。光が踊るまさに印象派という感じの作品です。緑の木々と穏やかな空が、とても優しい気持ちにさせてくれます。なお、赤い花をつけている木は、マロニエのようです。

きっと、コレクターの春翠も同じ気持ちだったと思います。日本にはない風景であり、憧れのヨーロッパの風景をいつまでも映し出しています。はじめて訪れた美術館ですが、とても良い印象を感じました。別の企画展にまた訪れたいと思います。

※泉屋博古館分館(2012年7月7日~2012年9月23日)