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現実を見つめなければいけない ~ ドガ展2010年10月08日 23時34分29秒

ドミニク・アングル(1780-1867)は、古代ギリシャ・ローマの美に回帰することが真の美であるとして新古典主義を確立しました。そして、印象派の画家たちの憧れであるロマン主義のウジェーヌ・ドラクロワ(1798-1863)に対抗することで、19世紀のフランス絵画の主流を競い盛り上げていました。

ドガ展

エドガー・ドガ(1834-1917)が、実はドラクロワではなくアングルを師として画業のスタートさせたことは、あまり知られていないようです。古典様式の持つ美は、理性的であり理想化されることで、たいへんアカデミックな要素を持っています。もしかすると、彼が画家になると決めたときに、周囲を説得させる材料としてとても都合が良かったことだったかもしれません。

それに、彼は均整のとれた肉体や筋肉の躍動感にたいへん興味を持っているようです。彼は踊り子の画家と言われるのと同時に、馬の画家とも言われています。若い頃にただ馬が好きだったというだけではなく、馬でも特に鍛えられた競走馬の躍動する筋肉が好きだったように思います。それは、確かに古代ギリシャやローマにも通じる美の原点なのでしょう。単なる筋肉フェチかもしれませんが…

ドガ展
イレール・ジェルマン・エドガー・ドガ「出走前、1876」

ドガは印象派の画家としてリーダー的な存在になっていきます。しかし、彼自身にトラブルが発生してしまいます。それは、視力の低下という画家であり、美を追究するものにとっては計り知れない打撃です。もはや、印象派の仲間たちと光輝く郊外で絵を描くことはできませんでした。

そのときにどうするかで人は変わっていくのだと思うのですが、ドガは微かな光を中にある理想の美を発見しました。それが、バレリーナが舞う夜の劇場であり、踊り子の画家の誕生となるのです。画材も油彩から視力が低下した目でもはっきり判るパステルに変えて新しい世界を切り開いていきます。

『エトワール』は、そんな彼だから残すことのできた希望の一枚だったのだと思います。華やかなライトの中に凛々しく舞うバレリーナの一瞬を切り取りました。もちろん、彼の大好きな筋肉も躍動しています。『エトワール』は、バレリーナがジャンプしてから着地する前の微妙な緊張感を捕らえていると言います。

ドガ展
イレール・ジェルマン・エドガー・ドガ「エトワール、1878」

ドガは、けしてドラクロワを否定してはいません。絵の中に感情や精神的な表現を巧みに取り入れています。それは、アングルを師としていた頃から変わってはいないようです。当時のバレリーナは、高級娼婦という側面を持っていてパトロンによる囲い込み、つまり自分自身で人生をどうこうできる立場にないのです。

そのような状況を絵の中に持ち込み、それぞれの感情をあらわにしています。主役のバレリーナは、この瞬間だけに喜びを感じすべてを忘れて最高の演技をします。しかし、その舞台脇には、好色なパトロンの欲がちらつきます。「現実を見つめなければいけない…」、これはドガが自分自身に言い聞かせているように思うのです。

※横浜美術館(2010年9年18日~2010年12月31日)

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