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故郷 ~ シャガール ロシア・アヴァンギャルドとの出会い2010年08月14日 22時40分20秒

シャガール(1887-1985)もまた、戦争や革命に翻弄されながら作成を続けた巨匠のひとりです。故郷ロシアを去り各国を渡り歩きながら、徐々に影響力を示していきます。展覧会では、彼の作品を中心に同時代に活躍したロシアの作家たちと対比するような構成をとっています。なお、今回の作品はパリのポンピドー・センターからやって来ました。

シャガール

シャガールとの接点については良く判りませんが、同じくロシア出身のナターリヤ・ゴンチャローワ(1881-1962)やワシリー・カンディンスキー(1866-1944)も前衛的な作品を発表していきます。そして、シャガールと同じくロシアを去り、ゴンチャローワはプリミティブを追求し、カンディンスキーは抽象主義へとスタイルを変化させていきます。

彼らの作品は、前衛的な表現とは別に何か共通するものがあるように思いました。やはり同じような境遇であることから、故郷ロシアに対する想いや哀愁があるのかもしれません。評価をして歓迎してくれる場所があっても、生まれ育った場所は忘れられないのだと思います。

『ロシアとロバとその他のものに』は、シャガールが最初のパリで描いた作品です。ロシア革命が迫ってくる時期でもあり、彼の心中はやや複雑だったのかもしれません。また、彼のスタイルもまだ定まってはいなかったと思います。望郷の念も強かったのではと思います。

シャガール
マルク・シャガール「ロシアとロバとその他のものに、1911」

画面は黒を使用して暗くなっており、宙に浮かぶ人がいますが首と胴が分離されています。赤い牛とそのミルクを求める子牛と人は異様と言えます。故郷ロシアに起こっている不穏な情勢と人々の悲哀を表しているようにも思います。また、同時に自分自身の将来にも悲観したようにも思えます。

このときは故郷への想いが強かったのかもしれません。この作品を描いた数年後に彼は結婚をするのですが、結婚を機に一時ロシアに戻ります。しかし、結果的にはロシア革命が本格化したことで、再度故郷を去ることになるのです。以後、愛の画家として知られるようになっても、哀愁が残るのはこうした過程があったからかもしれません。

※東京藝術大学大学美術館(2010年7月3日~2010年10月11日)