Asagi's Art News





語りかけること ~ 牛島憲之 -至高なる静謐-2011年05月22日 23時07分28秒

府中美術館には、牛島憲之(1900-1997)の遺族から寄贈された作品が常設展示されています。彼は府中に住んでいたわけではないのですが、数多くのスケッチを府中近郊で行い残していることが縁となったようです。

牛島憲之

彼の作品は主に風景画になりますが、柔らかで心落ち着く独特の世界観を持っています。初期の色彩には原色を取り入れた活気あるものも見られますが、画風が固定してくるとパステルのような暖かいものに変化してきます。

日展に入選など評価は高まって行ったのですが、あまり作品が売れない時期があったようで、自身の画業をストイックに捕らえているところがあるようです。例えば、家族に対しては、「絵の具とカンバスと、雨風しのげて目と手があれば、絵は描けるんだよ」と言っていたそうです。

今回の展覧会では、牛島の初期の作品から絶筆までの70点を集めています。激動の時代の中で静かに絵と向かい合った人生をみることができます。激しく時代の矛盾を訴えるのではなく、あくまでも静かに冷静に語りかけることが、彼の選んだ道なのだと思います。

戦後の間もない時期に発表した『炎昼』は、何気ない夏の風景を切り取ったような作品です。カボチャの茎の向こうに丘が見え、電信柱が立っている…そんな風景です。しかし、この絵に感じるものは、戦争によって奪われたたくさんの人や大切な想いに心を痛めた牛島の無念さがあるように思えます。

牛島憲之
牛島憲之「炎昼、1946」

青い空や緑ある自然は自分の目の前にあるのに、それを共に感じ喜びあう人たちはいない。戦争からの復興に社会が向かって行くが、忘れてはいけないものを静かに彼は語りかけているのです。

渋谷でも松濤という場所は、時代を先走る商業地域とは一線を画した静かな住宅街です。彼の作品に出会う場所としては、まさに打って付けなのかもしれません。美術館スタッフのセンスのすばらしさが光る展覧会でした。

※渋谷区立松濤美術館(2011年4月5日~2011年5月29日)

コメント

トラックバック